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冬季休暇のお知らせ

みなさん、こんにちは。

中3生は宿題をかなり出していますが、
頑張っていますか?

塾は、12月29日(土)までは通常通り授業を行います。

来週12月31日(月)~1月5日(土)は、
冬季休暇とさせて頂きます。

とはいえ、電話連絡はつきますので、何か緊急の場合は
連絡くださいね。

さぁ、今年もあと1週間ほどですね。

頑張って参りましょう!!

2012/12/24 17:45 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

人作りと木作り

みなさま、こんにちは。

今日は11月19日。
そろそろ年末ですね。
バタバタと忙しい1日ですが、この1年を振り返って、内観する時間も作りたいと思っています。


さて、昔読んだ本からの一説。

熊本藩の細川重賢が、秋山玉山に伝えたという言葉。


「秋山先生。

人作りは木作りだと思って頂きたい。

すなわち、あなた方人作りに励む先生方は、国家の名大工です。
名大工は、苗木の時代から気配りをして、木作りを行います。
これは何の木か、ということを見抜いて、一本一本の木に肥料を与え、剪定をし、或いは添え木をします。


人作りも一緒です。

作られるものがどういう性格で、どういう能力を持っているのかを見抜いて、それに見合った教育を施して頂きたい。

また教育というものは例えてみれば、育てられる者の前に横たわっている河を渡る知識と技術と勇気を与えることでしょう。

河の向こうには、仁、義、礼、智、信、の五常に満ちた社会が待ち受けています。
そこへ到達するためには、人間は全て克己という河を渡らなくてはなりません。

ところが河を渡すとなると、得てして、今の教育者は橋を架けることばかりを考えます。
橋を架けるとなると、道が必要です。

しかし、育てられる者は、必ずしも道のあるところに居るとは限りません。
川上にも居るし、川下にも居ます。

そうであれば、『今』居るところから、河の向こうに渡れるような方法を教えることが、本当の教育でしょう。」


教育とは、する側とされる側が「向き合うこと」から始まるのだと思います。

向き合って、互いを確認することができたら、
今度は向き合ったままだと「前進」できないので、
横に添うことが求められます。

そして、段々と「添う」機会を減らしていくことで、
「自立」させていきます。

それが、教育の目標です。



「人が人として生きていくこと」


お金持ちになるだとか、特定の職業に就くとか、綺麗な容姿になるとか、そういうことは、「目的」ではなく、「手段」です。

それを獲得したときに、どうしたいのか。


そのビジョンがないと、「幸福感」は感じられないと思います。
「幸福感」とは、人が生きる上での薬味のようなものです。

ですから、「薬味」をメインにするのも、本末転倒なのです。

では、「メイン」は何か。


「生きる」ということ、そのものです。

それを「味わうこと」。


料理は素材の持つ旨味を引き出すこと。
そして、それをゆっくり、じっくりと味わうこと。

人生の極意とは、全てに通ずるものなのだと思います。

2012/11/19 16:31 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

中間テストが返ってきてます。

皆さま、こんにちは。


今週はじめに中間テストが終わった学校は、もうテストが返却されています。


やっぱりこの時期嬉しいのは、生徒たちが

「センセ! 前のテストよりも20点も上がった!」

などと笑顔で報告をしてくれることです。(笑)


「やっても、ショウガネェし・・・!」

なんて、半分くらい投げやりだった子でも、頑張った結果として、
目に見えるものが返却されると、嬉しいみたいですね。(笑)


ただ、誤解して頂きたくないのは、
私は結果だけをそんなには重視はしていないということです。


「結果が出た」
「やった分だけは、ちゃんと報われる(こともある)」

ということを通じて、生徒たちにも伝えていきたいのは、
「努力の大切さ」
です。


テストの点が上がれば、上がったなりに
「モット頑張ろう!」
という気になってくれれば良いですし、
テストの点が下がったならば、下がったなりに
「モット頑張らないとヤバイ!」
なんて、やる気になってくれればいい。


「でも、何から手をつけたらいいか、分からない」
という生徒も結構いるものです。

そんな生徒に言う事は、いつも同じです。


「まずは、テストの問題をやり直してごらん。」

ということ。



「テストってね、先生が考えに考えて作った『ラブレター』なんだよ。

これだけのことは、分かって欲しい、っていう学校の先生の思いは、

『僕のことが好きになってくれなくても良いから、
あなたのことがこんなにも好きな人がいる、ということを
知っていて欲しい。』

って伝えているラブレターと同じ。ね。

だから、それを『キモイ』なんて言わずにね、まずは理解して欲しい。(笑)



それにね、学校の先生だって、今までの経験上、
『これだけは、絶対に覚えていて欲しい』
というレベルの知識と、
『これが出来たらスゴイよね』
という問題とそのバランスを取って問題を作ってるんだよ。


だから、そのメッセージをちゃんと受け取って、
絶対に覚えていて欲しい、というところは、ちゃんと出来る様にしておくこと。



テストの結果は、人間の価値を測るものなんかじゃないよ!

テストの結果は、あくまで『診断書』。


『あなた、ちょっと糖分取りすぎですよ~』とか、
『運動した方がいいですよ~』とか、
『パソコンとかで目を使いすぎてませんか~』とか、
そういう、他の人に言われないと気付かなかったところまで
教えてくれているんだよ。


『二次関数のこういうところ、ちゃんとできますか~?』
って問われて、できてなかったら、あとは、それを克服するように
していけば良いんじゃない?

『関係代名詞、キチンと使えますか~?』って問われて、できなかったんなら、
練習すれば良いじゃない?

それだけのこと。



だから、落ち込む必要なんて全然ない。


落ち込んでるのは、何のため?

『俺はバカだ~!』
なんて言ってて、何か建設的なことってあるの?(笑)

まぁ、1回くらいは言っても良いけど、
『だから、頑張ろう』って思えるかな。

それとも、3日くらい言い続けていたいかな?(笑)



いいかな?

キツイことを言ってるかもしれないけど、
自己嫌悪をいつまでもするのは、逃げてるだけだよ。

反省している(ふりをする)と、何もしなくて良いからね。

でも、残念ながら、あなたの大切な時間は、刻一刻と入試に近付いているよ。


どうする?

3日くらい落ち込んでても、別に良いよ。
落ち込むんなら、徹底的に落ち込んでごらん。
3日もすれば、落ち込む事に飽きるだろうから。(笑)
『もういい』って思えるまでやってみても良いよ。

でも、今、気持ちを切り替えて、『頑張ろう!』って3日使う方法もあるよ。


どっちの方法が『自分らしい』のか、
『なりたい自分になれる道は、どっちなのか』、
もう中学生なんだから、自分で決めてごらん。

センセは、どっちにしても応援してあげるから。」


なんて話をしてる今日この頃です・・・。(笑)

2012/10/26 16:30 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

教育の最終目標について

みなさま、こんにちは。


塾でもそうですが、教育の最終的な目標は何かと言えば、

「生徒を自立させること」

です。


「自立とは何か」と問われたら、
「私なしで生きていけるようにすること」だと答えます。

今の教育、そして人に対して何かをアドバイスするようなお仕事、或いは、ヒーラーやカウンセラー、占い師もそうでしょうが、すべからくこの思いを抱いていないと、結局は失敗します。

(本当は「失敗」というものはありませんが、便宜上この言葉を使います。
「失敗」とは、「本来の機能を果たさない」という意味です。)


親も同様です。
親は、なるべく早く、この意識を持っておく方が良いと思います。

そのときに気をつけないといけないのは、
「育てられる側(子ども)」が、もう要らないと思うまで「育てる側(親)」は与え続ける、
ということです。
それは、無条件であることが前提です。


十分に与えられた子どもは、悪く言えば「飽きて」きます。
良く言えば、それを「信じること」ができます。

そうすれば、また新しい「刺激」を求めて、工夫をするなり、探検に出かけるでしょう。

それが「オリジナル」「自分らしさ」ということだと思います。
自分らしさを出せるようになると、それは「楽しみ」になります。
それが『生きるコツ』なのだと思います。


「自立する」とは、「必要としないこと」です。
いつまでも、誰かにやり方を聞かないと何もできないのであれば、それは自立しているとは言えません。

「先生がいなくても、問題が解けるようにすること」が、先生の仕事です。
「医者の必要を感じないほど健康になること」がお医者さんの仕事です。
「親がいなくても、子どもが生きていけるようにすること」が、親の仕事です。


その同一線上に、「モノ」もあります。

沢山の「モノ」がなければ「幸せ」になれない人は、幸せから離れている人です。

豊かな人とは、沢山の物を持っている人でなく、
少ない物で満足できる人のことを言います。


所有の強迫観念の虜になっては、自分の人生を生きられません。

自分が主役なのか。
モノが主役なのか。

自分以外の誰かが自分の人生の主役にはなれません。
人は、どんな人でも10代元をたどれば1024人の先祖がいるそうです。

もし、その人たちが全員観客で、「あなた」という人生の劇を見ているとしたら、それはどんな「劇」になっているでしょうか。

その1024人全員が、
「ほらー、頑張ってー!」
「大丈夫、大丈夫。心配ないよ!」
「あなたは、私達の代表選手なんだから、それでOKなんだよー!」
「しっかりねー!」
「せっかくのチャンスなんだから、楽しんでねー!」
などという、大声援をいつも送ってくれているとしたら、どうでしょうか。


依存と共依存を一緒にしてはいけません。
必要と欲求は違います。

自分が社会でやりたいことをするために、技術を探して身に付けることを勇気と言います。

親は子どもに勇気が出るように育てていくことが大切だと思うのです。

2012/09/13 16:25 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

9.11

みなさま、こんにちは。

そう、あれからもう11年になるんですね。

「9.11」

私事ですが、私たちはその年に結婚しました。

それも、翌月に結婚式&ハネムーンをひかえていました。

案の定と言いますか、翌日からはハネムーンのキャンセルの
電話がビシバシと鳴っていたそうです。

私たちの式のお世話をして下さっている方に相談をすると、

「う~ん、まぁ、まだ1ヶ月ありますからね。
ちょっと様子を見ましょう。」

とのこと。

結果として、私たちはイタリアへ2週間、ハネムーンに行けることに
なったのですが、9.11のその晩の衝撃は今でも忘れません。

みなさんが心配されるほどでもなく、イタリアはホントにのんびりしていて、
ホントにテロなんて、あったのかな?
と思うくらいでした。笑


生きていること

生かされていること

3.11 のこともありますが、

今一度、改めて考えてみたいと思います。



「今、そこにいてくれて、ありがとう」



『もし最後だとわかっていたら』


あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう



あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう



あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう



あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう



たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい



そして わたしたちは 忘れないようにしたい



若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを



明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから



微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと



だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう



「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから




【原文 全文】

Tomorrow Never Comes
Norma Cornett Marek

If I knew it would be the last time that I'd see you fall asleep,
I would tuck you in more tightly, and pray the Lord your soul to keep.
If I knew it would be the last time that I'd see you walk out the door,
I would give you a hug and kiss, and call you back for just one more.

If I knew it would be the last time I'd hear your voice lifted up in praise,
I would tape each word and action, and play them back throughout my days.
If I knew it would be the last time, I would spare an extra minute or two,
To stop and say “I love you,”instead of assuming you know I do.

So just in case tomorrow never comes, and today is all I get,
I'd like to say how much I love you, and I hope we never will forget.
Tomorrow is not promised to anyone, young or old alike,
And today may be the last chance you get to hold your loved one tight.

So if you're waiting for tomorrow, why not do it today?
For if tomorrow never comes, you'll surely regret the day
That you didn't take that extra time for a smile, a hug, or a kiss,
And you were too busy to grant someone, what turned out to be their one last wish.

So hold your loved ones close today and whisper in their ear
That you love them very much, and you'll always hold them dear.
Take time to say "I'm sorry,"... "Please forgive me,"... "thank you" or "it's okay".
And if tomorrow never comes, you'll have no regrets about today.



引用:
『最後だとわかっていたなら』
作 / ノーマ・コーネット・マレック
訳 / 佐川睦
出版社 / サンクチュアリ出版

2012/09/11 16:31 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

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