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「私は夢をみた」

みなさま、こんにちは。


先日の中間テストで、K君が英語で89点を取りました!

いつもは、60点をうろうろしている子です。

そして、1年前は20点台だった子です。
本当におめでとう!



さて、今日は、私の好きな詩を1つご紹介させて頂きたいと思います。

キリスト教系の詩ですが、「主」という存在は、
そのまま、自分を見守ってくれている愛情、
そのものだと思って良いと思います。


今、「闇」の真っ只中にいらっしゃる方、
苦しみのさなかにいらっしゃる方、
そんな方々の心に響いてくだされば幸いです。





『わたしは夢を見た』


ある夜、私はひとつの夢を見た。

わたしは主とともに渚を歩いていた。


暗い空をよぎって、わたしのこれまでの人生の切れぎれの断片が閃いた。


見ると、どの場面にも、二組の足あとが砂の上についている。 

ひとつは自分の、もうひとつは主の足あとだった。

わたしの人生の最後の場面がわたしの目の前に表れた時、
わたしは砂の上に残る足あとを振り返って見た。


あるのはただ、一組の足あとだけだった。





これはわたしの生涯の中で、
落胆と最もかなしい時であったことに気が付いた。


この一事がわたしのこころをいつも悩ませたので、
この矛盾について主に問うた。



「主よ。


わたしがあなたに従うと心に決めたとき
あなたはわたしと共に歩み
語らいをつづけようと言われました。


しかし、
わたしの生涯の中で最も苦しかったとき、
あるのはただ、一組の足あとであることをわたしは知っています。



わたしがあなたを一番必要としたとき、
なぜ、あなたがわたしを独り置き去りにするのか
その理由がどうしてもわからないのです。」




主は、優しく微笑んで言われた。


「わたしの大切この上ない子よ。

わたしはおまえを愛している。


おまえが試練の中に置かれている最中、
おまえを独りにしておくなど絶対にしない。



おまえが一組の足あとしか見なかったのは、

そのとき、わたしがおまえを背負っていたからなのだよ。」




マーガレット・フィッシュバック・パワーズ 作   
尾崎 安 訳(一部改訳)




私自身も、何度も
「もうダメかもしれない」
という思いをしてきました。

いっそ、ここで死ねたら、どんなに「楽」だろうか。
と考えた事も1度や2度ではありませんでした。


しかし、今も生きています。
生かされています。


苦しみや悲しみは、人を孤独にします。
夜の闇は、寂しさを募らせます。


しかし、そういう時だからこそ、
余計に「小さな光」でも、明るく感じるのでしょう。

誰かの何気ない一言が、心に染みるのも、
孤独な夜だからなのかもしれません。


明かりの着いた部屋では、小さなロウソクの明かりは、
どこにあるのか分かりません。

真っ暗な部屋では、小さなロウソクの明かりでさえも、
どこにいても分かります。


何かの「ありがたみ」は、
「ない」という状況の中でしか、分からないのかもしれません。


今の、世界情勢も、ある意味では「ない」という状況のなかで、
「ある」ことへの「ありがたみ」を感じられる、
またとないチャンスなのかもしれませんね。

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2010/06/17 15:40 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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