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『泣いた赤鬼』

みなさま、こんにちは。

先日、小2の息子の音楽の教科書を何気なく見ていたら、
『泣いた赤鬼』の歌があるんですね~!

知りませんでした。
『泣いた赤鬼』は、私も好きなお話の1つですので、
また、息子がこの歌を習ったときくらいに
話をしてみたいですね。


さて、この童話をお作りになったのは、
浜田ひろすけさんです。
1893年5月25日、山形県にお生まれになり、
83歳でお亡くなりになるまでに、1,000を越える子ども童話をお作りになっておられます。


その代表作の1つとも言えるこの『泣いた赤鬼』ですが、
ご存知でない方もいらっしゃるかも知れませんので、
ご紹介させて頂きますね。





昔ある山の中に、一人の赤鬼が住んでいました。
赤鬼は、人間たちとも仲良くしたいと考えて、
自分の家の前に、こう書いた立て札を立てました。


「心のやさしい鬼のうちです。
 みなさんおいでくださいね。

 おいしいお菓子もありますよ。
 おいしいお茶もありますよ。」


けれども、人間は怖がり、疑って、誰一人遊びに来ませんでした。


赤鬼は悲しみ、信用してもらえないことを悔しがり、
とうとう腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。

そこへ、友達の青鬼が訪ねて来ました。


青鬼は、赤鬼からわけを聞いて、こう言いました。

「そっか、人間と仲良くしたいんだね。
今まで随分、僕たち鬼は人間に酷いことをしてきたもんね。

赤鬼クンの気持ちは、とってもよくわかるよ。


じゃあ、こうしよう。

僕が人間の村へ出かけて大暴れをする。
そこへ赤鬼クンが出てきて、僕をこらしめる。

そうすれば、人間たちにも、赤鬼クンがやさしい鬼だということがわかるだろう。」


「で、でも、それじゃあ、青鬼クンに申し訳ないよ・・・。」

そうしぶる赤鬼を、青鬼は無理やり引っ張って、村へ出かけて行きました。


計画は大成功でした。

村の人たちは、安心して赤鬼のところへ遊びにくるようになりました。

毎日、毎日、村人は村から山へ、三人、五人と連れ立って、出かけて来ました。
こうして、赤鬼には人間の友達が沢山できました。
赤鬼は、とても喜びました。

しかし、日がたつにつれて、赤鬼はあることが気になっていました。
それは、あの日から訪ねて来なくなった、青鬼のことでした。


ある日、赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。
青鬼の家は、戸が堅く閉まっていました。

ふと、気がつくと、戸のわきには、貼り紙がしてあります。
それに、何か字が書かれていました。
赤鬼は何気なくそれを読んでみました。


「赤鬼クン
キミは人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。

もし、僕がこのまま君と付き合っていると、
キミも悪い鬼だと思われるかもしれません。

だから僕は、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。

さようなら。
体を大事にしてください。

ずっと君の親友の青鬼より」


赤鬼は声が出ませんでした。
そして、二度も三度も読みました。

戸に手をかけて顔を押し付け、シクシクと涙を流して泣きました。
                                                       (以上 浜田 廣介氏)



この物語は、
「真の友情とは何か」
そして
「真の親とは何か」
を示唆しているようです。


真の友だち、真の親とは、逆説的なようですが、

「なしでやっていけるようにすること」

です。


真の親とは、親が無くても、生きていけるようにしてやること。

その意味では、盲導犬のトレーナーと同じです。
いつまでも、トレーナーに頼っている盲導犬、
盲導犬を頼らせているトレーナーは、本来の意味をなしません。


そして、盲導犬になるための最後の試験とは、
主人の命令でも、主人に危険が及ぶ場合(前方に極端な段差があるのに、「前に進め」などの指示を出された場合)、その指示には従わないことだそうです。

今までは、忠実に主人の命令に従うように育てられたのに、
最後の最後で、自分の意思を試されるのです。


これは、人間を育てる場合も、非常に参考になる事です。


もし、今、あなたが一番「嫌だなぁ」と思うことや人が、
あの世からこの世に来る時に、
赤鬼クンと青鬼クンがしてきたような「約束」だとしたら、
どうでしょうか。


スピリチュアルに生きるとは、
そういう「現世」の嫌な事から、
占いや石や風水などで「逃げる」ことではなく、
全てに意味がある、理由がある、ということを前提として、
それを活かして現世を生きること。

ですから、本当にスピリチュアルに生きるとは、
非常に現実的に生きる、ということなのです。

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2010/05/13 23:25 | 未分類COMMENT(4)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

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No:73 2010/05/14 02:01 | # [ 編集 ]

私も大好きな作家です。

兄の名前と同じなんですよぉ。(漢字は違うけど)
いもとようこさんの絵本全集に彼の童話がたくさん書かれています。
どの話も奥が深いというか、子どもへというよりも、読んであげる親へというような話なんです。
「こりすのお母さん」なんかも、こどもの心理をよくとらえた話で好きです。
いろんな話の中でも、泣いた赤鬼の話が一番好きです。
この話の真意というか、深いところが分かるようになったのは、最近かもしれません。(実践できるかはまだまだかもしれませんが。。。)
小学校の時授業中にこの話を読みふけって、ついつい涙が出て隠すのが大変だったなぁ。
あの頃からずっと、心にはあった話なのに、なかなか青鬼になるこはできないものです。
ついつい、自分の我がでて、相手のためにと行ったことを自ら口にして、自分を守ってしまい、逆に相手を傷つけてしまったこともありました。
若気の至りといえば、それまでですが。。。
江原さんが言う、小我と、大我の違いですねぇ。

子育てしながら、過去の自分の過ちを反省する日々です。

No:74 2010/05/14 13:59 | ゆいまま #- URL [ 編集 ]

Re: タイトルなし

teacherさん 江

ご無沙汰しております。
お元気そうでなによりです。


> 小さいころは、赤鬼がどうして自分は寂しくなってしまう道を選んだのかわからないまま読んでいましたが、大人になってから読むととても深い本だなぁと改めて思ったものです。

そういう本って、いっぽいありますよね。
夏目漱石も作家となったのは40を越えてからですから、
少年時代に読むものと、そこそこ大人になってからの印象とは、
また違ってますものね。

> 自分の息子が人の気持ちを理解できないままどんどん大きくなっていくので、どうしてあげたらいいのか悩んでいます。
> 子育てって本当に難しいです。

悩む必要はありませんよ。
ただ、ひたすらに「お手本」を見せ続けてください。
100回やって1回通じたら良い方だと思ってください。

インスタントな自分が安心したい「証拠」を集めても、
それは子供を愛していることにはなりませんよ。

悩んでいるお時間があるなら、子供をよく見てあげてください。
古代の賢人たちも、同じ事を言っています。

「よく見なさい。よく見なさい。
そうすれば、どうすればいいのかは、自ずとわかる」

No:75 2010/05/16 17:32 | どんぐり個別指導学院 ひろなか #- URL [ 編集 ]

Re: 私も大好きな作家です。

ゆいままさん 江

いつもコメント、本当にありがとうございます。

> あの頃からずっと、心にはあった話なのに、なかなか青鬼になるこはできないものです。
> ついつい、自分の我がでて、相手のためにと行ったことを自ら口にして、自分を守ってしまい、逆に相手を傷つけてしまったこともありました。
> 若気の至りといえば、それまでですが。。。
> 江原さんが言う、小我と、大我の違いですねぇ。

いえいえ、そういうことを認識されているだけでも、
素晴らしいと思いますよ。

自分の思考を観察できるようになることから、
感情をコントロールする術を知るのだと思います。

> 子育てしながら、過去の自分の過ちを反省する日々です。

まだまだ、大変な時期だと思います。
どうぞ、ご無理はされませんように。

うちのアイリは、1歳2ヶ月でやっと歩き始めました。笑
今は、歩けることが嬉しくて、歩き回っています。

まだ危なっかしい足取りなんですけどね。笑

No:76 2010/05/17 23:14 | どんぐり個別指導学院 ひろなか #- URL [ 編集 ]

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