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国際塾

みなさん、こんにちは。


さて、日曜は『国際塾』でした。
今回は、岡山大学の元教授の斎藤先生にお越し頂き、
「日本語の美しさ」
についての講義を頂きました。


その斎藤先生も仰っていたのですが、私も最近小学生などの授業を持っていて
気になっていたことがあったのです。

それは、「あ」とか「お」などの最後の「払い」のある字を最後まで払わずに中途半端に止めてしまう子が出てきているということ。

それは、過去の「丸文字」のような流行りなのかなと思っていましたが、斎藤先生曰く、
「昨今は縦書きよりも横書きの方が多いから、横に書きやすくするために、途中で止めているのではないか。」
とのこと。

なるほど、そういう見方もあるのですね。




国際化していくに従って、新しい言葉もドンドン入ってくる。
その言葉を、そのまま外来語としてカタカナ表記をするという手もあるでしょう。

しかし、明治の人たちは、必死で頭を捻って日本語にしてきた。
西周さんが、「right」を「権利」、「duty」を「義務」と訳したように、
今では、当たり前のように使われている日本語も、200年前の造語です。


今では、IT関係の言葉が分かりにくいとされているようですね。



例えば「log in」を日本語にするとしたら、どうするでしょうか?










文部科学省の発表ですと、
「接続開始」
という日本語はどうか、と上がっているそうです。



まぁ、なんにしても、「違う」ということがお互いを引き立て、活かしあうことに活用されるべきなのに、いつの間にか、「違い」は優越になって、「どっちが良い」、「どっちが悪い」という話になりがちです。


そういったあやふやな倫理観に基準を求めるのではなく、
「機能性」に判断をもとめるのであれば、
もっとシンプルに答えが出るのだと思います。



国際塾のあと、塾長さんのお宅にキャノンさん、ソフィーさんを招いてのパーティーが行われました。

その席で、キャノンさんがバイオリンを、
塾長さんがピアノを披露して下さいました。


もちろん、ピアノとバイオリンの音色は違います。

しかし、その違う音が響き合って、美しいメロディーを作り上げていること。


それこそが、「違いを活かしあう」ということなのだと思います。

それが、「調和」であり、
「協調」
「共振」
「平和」
であり、

「愛」
なのだと思います。



「愛」を感じたとき、感動して涙を流す塾生がいたのも、頷ける話です。

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2009/07/21 09:41 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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