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『捨てられないノート』~とよ爺さんのブログより~

いつも拝見させて頂いているブログの中に、
「とよ爺のつぶやき」というブログがあります。

今日、お昼休みに読んでいて、思わず涙がこぼれたものをご紹介させて頂きます。

よくよく考えると、これは「どんぐり倶楽部」で言うところの「わからん帳」です。
でも、ここまで使われると、本望でしょうね。


原文はこちら。

以下、引用です。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『捨てられないノート』



私にも一生忘れられない教え子がいる。

私は実は自分より三歳年下の生徒から教え始めている。
今から考えると信じられないのだが、18歳の時から塾の先生を経験している。

一番最初に私が教えた生徒はたった6人、そのメンバーたちが高校1年生の時だった。
結果的にその6人は横浜市大医学部、一橋大学、横浜国大、日本女子大、東京理科大、明治大に進学していったのだから、後から考えると凄いメンバーだった。



そのうちの1人に面白い奴がいた。
私が教えていた数学はそいつがいちばんできたと思う。
みなも一目置いていたと私は当時から感じていた。

私はその子を教えているとき絶対にこいつはできると思ったことがある。
私もその頃は若かったので、彼らと同じ目線で良く話していた。
私はその子にとことん敵わないと思ったのはある日の授業の時だ。

彼は私の授業にノートを間違って持ってきたことがあった。
それは中3の時のノートだった。
授業を始めたとき、彼はそれに気づき、私に大事なノートを間違えて持ってきてしまったと言った。
「大事なノート」とは偉く意味深長な言葉だったので、私はそれがどういうノートかと聞いた。
彼の答えはなんてことはない「絶対に一生死ぬまで捨てないノートだ」と言った。




彼が一番最初にそのノートを手に入れたのは、小学生1年の時だった。
当時裕福でなかった彼の家では、その頃流行の可愛いノートを買えなかった。
それを不憫に思ったお母さんがありきたりのノートの表紙に可愛い絵を描いてくれた。
そして彼はそのノートを一年間、大事に大事に使った。

2年生になると、今度は普通のノートを買ってもらったのだが、
一冊だけお母さんのノートが混じっていた。
彼は学校で習った一番大事な事をそのノートに書き残した。

3年生以降はお母さんの手書きノートはなくなったそうだが、
一冊の大事なノートを作っていた。

それが中学3年生まで、毎年一冊必ず持っていたのだ。

そしてその時は高1バージョンも作っていた。私は
「一生懸命教えるから、1ページくらいは俺の教えたことを書いてくれ」
とよく彼に頼んだものだ。

彼は勉強のわからないことや、勉強しなければならないのだけれど、
どうもやる気がおきないときによくそのノートを小学1年生から読み返したそうである。

それを聞いて、彼が優秀なのがわかる気がした。
こういうノートを持ち続けている奴が勉強ができないわけがない。
私は初めて、自分は塾では先生だが、
この子には一生敵わないと思った生徒だった。


彼はその後、結構著名な医者になった。

10年前くらいだったと思う。
私が子供を連れて、私の街の総合公園でバッタリ会ったことがある。
彼はポケベルをいくつか持って忙しそうだったが、
私の子供と同じくらいの子供を連れて遊びに来ていた。

その時である。
私は彼に思いきって「お前、あの大事なノートどうした」と聞いてみた。
そうしたら彼は即座に答えた。

「よく覚えてますね。
あれは自分の子供に読ませようと思って今でも大事にとってあります。
この子の最初のノートは表紙に自分と女房で可愛い絵を描くつもりでいます」

と自分の子の頭を愛おしそうに撫でながら、彼はうれしそうに言っていた。


子供が優秀になるのにはそれなりの理由がある。
彼にとってその理由はその「捨てられないノート」だったことに間違いはない。




以上、引用文。


お母さんの愛情。
それをきちんと受け止めていた「彼」の愛情。

愛情とは、必要なときに、必要なだけ助けてあげることだと思う。

もちろん、「出来る範囲」でいい。

家庭は「名旅館」である必要はない。

全ての世話をお母さんがする必要など全くないのだ。
できることを精一杯心を込めてする。
努力しても出来ない事は、出来ないと正直に言う。

大切だから何度も言うが、
「プライドとは、自分はどうでも良い。
でも、自分に与えられた愛情は守る。」
という事だ。


ひょっとしたら、お母さんの絵を茶化すような子が居たかもしれない。
(それも羨ましさの裏返しかもしれないが、子どもにはそれは解らない。)

それで傷つく自分はどうでも良い。
でも、一生懸命自分のために描いてくれた、お母さんの心は守らないといけない。

その幼くイジラシイ少年の心が涙を誘う。



そして、そういう「人間関係」がきちんと出来ている子が、
成績を上げられないはずがない。


人間は、自分のためには動けなくても、
人のためには動けるものだ。


休みの日には、トイレに行くのも面倒臭いと思うような人でも、
大好きな人には、電車を何本も乗り換えても会いにいくはずだ。

自分ひとりなら、カップ麺でも良いと思うお母さんでも、
自分の子どもには、ちゃんとご飯を作っているはずだ。


「自分」の定義を広げてみること。

「自分」の中に、自分の好きな人や自分に関係のある人を入れてみること。

そうすれば、「自分」が喜ぶ事をすれば良い。

好きな人の笑顔が見れて、自分が幸せになる感じ。
それは、全ての根底にある気持ちだろう。

赤ちゃんが笑っているのを見ると、聞くと、
何故だか急に涙が出てくるほど嬉しくなること。

その気持ちに直結しているのだと思う。


「自分」の定義が地球上に広がったときに、
全ては1つであることを、実感するだろう。

エチオピアで食べる物が無くて亡くなっている人も、
「自分」の一部だ。

ラスベガスで100万ドル当たって喜んでいる人も
「自分」の一部だ。

そうすれば、右手で左手を叩く必要もない。



調和とは、違いを受け入れること。
平和とは、心の静けさ。

心の静けさの中に、愛はあるのです。

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2010/05/12 23:11 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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