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つらいときこそ

みなさま、こんにちは。


どんぐり個別指導学院にも、大変な経済状態の中、
色々とやりくりして頂いて通わせてくださっている親御さんがいます。

もちろん、大なり小なり皆さんが大変なことは、重々承知しております。


授業料も遅れがちのそのご家庭からこられるAちゃん。
ちょっと遠慮がちが様子が、気になりました。

みんなが授業料を入れている封筒を出しているのに、
自分は出せていないことが、気になるのだと思います。

確かに銀行振り込みとか、そういうことにすれば良いのかもしれませんが、
生徒たちにも、ちゃんと
「お金を払って授業を受けている」
という感覚を持ってもらいたくて、手渡しにこだわっています。

でも、はやりマイナスの部分もありますよね。



「Aちゃん、良いんだよ。
お金のことが気になる?

それはね、Aちゃんのお母さんとセンセがお話してあるから、
Aちゃんは、その心配はしなくてもいいよ。

AちゃんはAちゃんのできることを
一生懸命頑張ろう!」

と精一杯の笑顔でお伝えすることしかできませんでした。



つらいこともあります。
苦しいこともあります。
悲しいこともあります。


でも、それは事実ではありません。

ある出来事に自分の感情がどのように反応したかだけ。

感情に振り回されるよりも、自分が感情を使って生きることの方が
人生を百倍は活かせると思います。


人はいつか必ず死にます。

そのときに、苦労の意味もきっと分かると思うのです。





『わたしは夢を見た』


ある夜、私はひとつの夢を見た。

わたしは主とともに渚を歩いていた。


暗い空をよぎって、わたしのこれまでの人生の切れぎれの断片が閃いた。


見ると、どの場面にも、二組の足あとが砂の上についている。 

ひとつは自分の、もうひとつは主の足あとだった。

わたしの人生の最後の場面がわたしの目の前に表れた時、
わたしは砂の上に残る足あとを振り返って見た。


あるのはただ、一組の足あとだけだった。





これはわたしの生涯の中で、落胆と最もかなしい時であったことに気が付いた。


この一事がわたしのこころをいつも悩ませたので、
この矛盾について主に問うた。



「主よ。


わたしがあなたに従うと心に決めたとき
あなたはわたしと共に歩み
語らいをつづけようと言われました。


しかし、
わたしの生涯の中で最も苦しかったとき、
あるのはただ、一組の足あとであることをわたしは知っています。



わたしがあなたを一番必要としたとき、
なぜ、あなたがわたしを独り置き去りにするのか
その理由がどうしてもわからないのです。」




主は、優しく微笑んで言われた。


「わたしの大切この上ない子よ。

わたしはおまえを愛している。


おまえが試練の中に置かれている最中、
おまえを独りにしておくなど絶対にしない。



おまえが一組の足あとしか見なかったのは、

そのとき、わたしがおまえを背負っていたからなのだよ。」




マーガレット・フィッシュバック・パワーズ 作   
尾崎 安 訳(一部改訳)




私自身も、何度も
「もうダメかもしれない」
という思いをしてきました。

いっそ、ここで死ねたら、どんなに「楽」だろうか。
と考えた事も1度や2度ではありませんでした。


しかし、今も生きています。
生かされています。


苦しみや悲しみは、人を孤独にします。
夜の闇は、寂しさを募らせます。


しかし、そういう時だからこそ、余計に「小さな光」でも、明るく感じるのでしょう。

明かりの着いた部屋では、小さなロウソクの明かりは、どこにあるのか分かりません。
真っ暗な部屋では、小さなロウソクの明かりでさえも、どこにいても分かります。

何かの「ありがたみ」は、「ない」という状況の中でしか、分からないのかもしれません。

今の、世界情勢も、ある意味では「ない」という状況のなかで、
「ある」ことへの「ありがたみ」を感じられる、またとないチャンスなのかもしれませんね。

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2010/03/03 11:57 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

手渡し

私が小学生の頃、給食費は手渡しでした。
1つ学年が上の男の子が、給食費を何ヶ月も払っていないと、同級生から言われ、給食の時間になるとどこかに隠れていました。
その当時から、所得が低ければ、ちゃんと手続きを取れば、払わなくてもすむ方法がありました。
でも、その親は、パチンコで給食費を使い込んでいたのです。

その子は、どんなに悔しい想いをしたでしょうか。

ある日、家でも、ろくに食べていなかったせいか、その子は、授業中急にお腹が痛いと転げ周り、救急車で運ばれました。

担任や、学校からも、親に厳しく注意がいきました。

それがきいてか、ちゃんと給食費を払うようになり、その子も堂々とおかわりをして食べていました。

でも、今は、違います。

いじめにつながるということで、給食費の手渡しは禁止になりました。
しかも、滞納していることを子どもには言ってはいけないそうです。
おかげで、給食費を収めない親が増えました。
子どもも、払っていないということを知っていても、ちっとも恥の意識がありません。
払う方が馬鹿だ。とまで言う子どもがいるそうです。

チリの大地震の直後の強奪や店への放火。
地震でよりも被害が多いそうです。

恥じることの意識が低下してきている日本でも、いずれは、こうなるのでしょうか・・・

No:67 2010/03/04 14:33 | ゆいまま #- URL [ 編集 ]

Re: 手渡し

ゆいままさん 江

ご無沙汰しております。

そのゆいままさんが小学生だった頃に、給食費をお母さんに使い込まれてしまって、悲しい思いをしていた子供は、きっと大人になってから、
「自分は絶対そんな親にならないぞ!」
と心に誓うことでしょうね。

痛みを伴わないとそれを学べないとしたら、本当に悲しいことですね。

便利の弊害が、色々なところである感じです。

料理ひとつにしても、誰かがやってくれるからありがたいのですけどね。
そういう感覚も、「当たり前」だとしか感じられないとしたら、
その人の発達度合いも、ちょっと悲しいですね。

色々な人がいますが、そこまで落ちぶれていないと思いますし、
そういう人ばかりではないと、信じたいですね。

私はゆいままさんが居てくださって、心強いですよ!笑

No:68 2010/03/12 16:03 | どんぐり個別指導学院 ひろなか #- URL [ 編集 ]

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