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色々と・・・

みなさま、こんにちは。


201002150916000.jpg



いきなりのアイリのアップでした。笑

バレンタインのチョコレート代わりにどうぞ!!




昨日は、バレンタインデーということで、
ケンゴにも、
「チョコを渡したいから、学校に来て!」
という連絡が入ったそうです。笑



本人もその連絡以降、上機嫌!笑



何でも、前から「いいな~」
と思っていた子かららしく、
大事そうにチョコを持って帰ってきました。

お手紙も、本当に丁寧な字で書かれてありましたよ。

まぁ、この小さな恋が、どのようになるのか、
楽しみでもありますね。
そっと見守って参りたいと思います。笑


そんな中で、アイリもいつかそんな風に

「チョコレートを渡したい人がいるの~!」

なんていう日が来るのかな~なんて、
ちょっとおセンチになるお父ちゃんでした。笑





さて、今朝もある塾のチラシが入っていました。


「自分で考える習慣をつける」
という名目でチラシをうたっていますが、
ちょっとどうなんでしょうね・・・。


チラシの表面には、こんな問題があります。


『A,B それぞれの木には一年後、いくつ花が咲くでしょうか?」

Aの木は、3ヶ月ごとに3つに枝分かれして伸びていき、
1年後、枝分かれした後全ての枝先に4つの花が咲きます。

Bの木は、4ヵ月ごとに4つに枝分かれして伸びていき、
1年後、枝か割れした後、全ての枝先に5つの花が咲きます。』


という問題。


どんぐり倶楽部の問題をしている子であれば、小1さんでも解けるかな?
年長さんの問題かもしれませんね!笑


別にバカにしているわけではありませんよ!

その位の子でも、きちんと絵を描いていけば解ける問題です。

つまり、「考える」ということがきちんと理解できていれば、
「カケザン」を習っていなくても分かるのです。



チラシの裏には、一応「絵」というか「図」が載せてありますが、
これが全然味わえない「図」なのです。
もったいないです!

そして解き方として、

【Aの方は】
3×3×3×3=81
81×4=324

【Bの方は】
4×4×4=64
64×5=320


なんて書いてあるのですね。


おまけに
『正解にたどり着くには活用力や想像力が必要な難しい問題です。
これからは「活用型」の問題が増え、私立中受験、公立中高一貫校
受験でも出題されると考えられます。』
等と言うお題目が・・・。



「自分で考える習慣」とは何か。



そこをしっかりと考えないと、子供は単に「習ったことのコピー」を
することしか学びません。

カケザンとは結果論であり、そこが「考える力」ではないのです。

考える力とは、そのカケザンにいきつくまでの「過程」のことです。
ですから、いきなり「カケザン」を出してしまってはいけません。


だから、『絵を描く』という一見地味に思われる作業が必要なのです。
地味な作業と言いましたが、やってる本人は実は、楽しいことなのです。

ピカソも、ゴッホもベートーベンも素晴らしい作品を残しましたが、
創っている最中は、きっと「地味」だったに違いありませんよね。
ベートーベンの作曲最中などは、
「見てはいけない」
気さえします。笑

髪が抜けるほど頭をかきむしっていそうで。笑

でも、頭の中に音楽が鳴り響いて、それを譜面に残していくこと。

それが音楽語である「音符」です。


算数も数学も、まずはイメージありき。
最初に絵を描いて、目で見て考えると言うこと。


ドラマ『ガリレオ』の中で、福山雅治さん演じる湯川教授も、

「仮説は実験によって確かめなければならない」

と言ってましたよね?



もちろんそれは、ガリレオ=ガリレイさんが、科学分野で、実験結果を
数学的に理解していくという手法にこだわったことに由来しています。

つまり
「目で見て確認する」
ということを徹底したのだと思うのです。

だから、劇中に湯川教授がその辺りにあるものを使って、
ダァーっと数式を書いていくシーンがありましたが、
それは湯川教授の頭にあるイメージを「数学語」或いは「物理語」
に翻訳しただけの話です。

見る人が見れば翻訳できる形になっていること。

でも、大切なのは「その頭の中にイメージがある」ということの方です。




その『イメージ』を描くことが


「実に面白い」


のですよ!

フレミング左手の法則でメガネのずれを直すかどうかは
別として!



何か、自分の今の知識や知恵で及びもつかないときに、
「無理!」
と言ってあきらめる子と、
「おもしろ~い!」
と言って興味を持つ子がいます。


「学力」のある子がどちらかなどは、言わなくても分かります。

やり方だけを習った子は、往々にして前者になりがちなのです。
できることだけが、自分のアイデンティティになっているからです。


そういうことではなく、そのこと自体、その問題自体を楽しめること。
味わうこと。

それが、本来の「学力」です。
「遊び」だと思われるかもしれませんが、
よく考えてみると、「遊び」も真剣にしないと遊びが成り立ちません。


遊んでいる子達が、時々
「もっと真剣にやれ~!」
なんて言ってるのを聞いたことがありませんか?笑

手を抜いて遊んでたら、面白くないんですね。
だから、「遊ぶ」というのは、実は「真剣にやる」というのと
同義語なのかもしれません。




そして、もっと大切なのは、

「学習とは、人とのつながりである」

ということ。



自分のためだけに、毎日ご馳走を作る人は、稀です。
でも、誰かのためなら、毎日料理することもできます。

それが好きな人だったら、なお更です。
ま、冷めるかどうかは別として。笑



ドラマの中で、こんな台詞があったそうです。
感動してしまいました。




「アイザック=ニュートンがリンゴが落ちた瞬間見つけたのは、
 重力だけではなく、世界とのつながりだ。


 ガリレオ=ガリレイはピサの斜塔から2つの玉を落としたとき、
 友人に喜びの手紙を書いた。

 科学者の日常は単調だ。
 人と出会う機会も少ない。

 しかし、退屈な実験の繰り返しの中で、
 見つかる世界がある。

 味気なく狭い研究室で、人とのつながりを感じることがある。

 科学者はけして人間嫌いではない。


 ニュートンがそうであるように。

 ガリレオがそうであるように。」



勉強とは、自分のためだけにすることではなく、
自分ひとりですることでもないことを表しているように思います。

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2010/02/15 10:32 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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