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教育相談

みなさま、こんにちは。


最近は特にそうなのですが、
新年度がそろそろ始まる、ということもあってか、
教育相談のような話をちょくちょくお受けすることがあります。


そのときに私が気をつけていることは、
「今、何かに依存しておられる心を
私に摩り替えることだけはすまい。」
ということです。



「どういう子になって欲しいですか?」


ということを、大人はしっかりと考えていかないといけないと思います。



「自分でしっかりと考えられる子になって欲しい」

のであれば、早期教育でスピードを重視することは
役に立ちません。


「しっかり考えること」と「スピード」は両立しないのです。


どんなに感動的な映画も音楽も、3倍速で見たり聞いたりしても
感動しないのと同じです。



「人の気持ちの分かる子になって欲しい」

であれば、大人がまず誰よりも子供の気持ちを理解してやらなければ
なりません。

子供の話を場合によっては我慢して聞き、
時に先が見える話も、しらなかったかのように
大げさに驚いてやったり、
大笑いしてやったり、
そうして一緒に楽しんでいること、
一緒に腹を立てていること、
一緒に悲しんでいること
一緒に苦しんでいることを
表現してやらなければなりません。

大人がせずに、子供だけにやれというのは、
自分たちが子供の頃に味わったのと同じ矛盾ではありませんか?笑



「勉強くらいは出来る子になって欲しい」

小学校時代の勉強の結果、特に通知表は「先生の感想」くらいに
思いを留めておくことです。

通知表が悪かったからといって、その子の人生が駄目だという風に
烙印を押されたわけではありません。

自分の子供をしっかりと見ていれば良いだけのこと。

自分の子供の評価を他人(先生)に委ねてしまっては、
誰の子なのかわかりません。


子供には子供の生まれ持ったテンポ、スピードがあります。

食べるのも速い子もいれば、
遅い子もいます。

速い子も、とりあえずのお腹を満たせば、
それからは味わって食べることができます。

遅い子も、1つ1つを味わいながら
食べています。


そのスピードを無視しては、
何を食べても同じになってしまいます。


人はサプリメント(栄養補助食品)だけを食べて生きていくことが
できないように、
要素だけを抽出した勉強に意味はあまり感じられません。



勉強とは、自己肯定感を育むための
ツールの1つに過ぎません。


勉強とは、知恵を育むための
ツールの1つに過ぎません。


しかし、その土台に「感情の安定」ということが
前提です。


何かの感情(多いのは寂しさですが)に支配されてしまっている
心で勉強しても、もう一杯いっぱいのところには、
何も入らないのです。

私たちは、心で勉強しているからです。


今、勉強ができない、と思っておられる方。
実は、問題は勉強以外のところにあるのかも知れません。




子供は、いつか必ず親の元を旅立っていきます。

生き別れか、死に別れか、
そのいずれかが必ず訪れます。


そのときに、子供が一人でも生きていけるような
知恵と知識をつけてやること。


それこそが「教育」だと思うのです。

そこをゴールだとしたときに、
どのようなアプローチをするのか。


この先の見えない時代だからこそ、
原点に戻って考えられることだと、
私は思います。

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2010/02/02 11:54 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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