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秋刀魚の歌


あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝えてよ

――男ありて
今日の夕餉(ゆうげ)にひとり
秋刀魚を食らひて
思ひにふける と。


さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑の酸(す)をしたたらせて
秋刀魚を食ふは その男が ふる里のならひなり。

そのならひを あやしみ なつかしみて女は
いくたびか 青き蜜柑を もぎ来て 夕餉にむかひけむ。


あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻に背かれたる男と 食卓にむかへば、
愛薄き父を持ちし 女の児は
小さき箸を あやつり なやみつつ
父ならぬ男に さんまの腸(わた)をくれむと 云ふにあらずや。


あはれ
秋風よ
汝こそは見つらめ
世の常ならぬかの団欒(まどい)を。


いかに
秋風よ
いとせめて
証せよ
かの一ときの団欒 夢に非ずと。


あはれ
秋風よ
情あれば伝えてよ。


夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児とに伝へてよ。

――男ありて
今日の夕餉にひとり
さんまを食ひて
涙を流す と。


さんま、さんま、
さんま、苦いか 塩っぱいか。
そが上に 熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふは いづこの里のならひぞや。


あはれ
げにそは 問はまほしくをかし。





秋風に吹かれながら、夕日をじっと見ていると、
泣きたくなるほどの寂しさが湧きあがってくることがあります。

心から誰かに傍に居て欲しいと思う時があります。


私にとって、この佐藤春雄さんの『秋刀魚の歌』は、
そんなメランコリックな感傷に
いつでも浸ることのできるスイッチのような詩です。


ご存知の方は、ミスターチルドレンの『くるみ』のPVがフラッシュバック
するかもしれませんね。笑
私も泣きました。笑


私がこの詩を読もうと思った最初の動機は、何のことはない、
「タイトルが 泳げたいやき君みたいだったから」です。
コミックソングだと思ったのです。笑

しかし、1行目からノックアウトされました。
中1には難しすぎました。笑


その後、長らくご縁がなかったのですが、ある日、
いつも聴いていた「さだまさしのセイヤング」で、
さださんがこの詩を朗読されたではありませんか!

そして、そのあと、さださんがその詩について色々と感想を
述べておられました。

その内容は忘れてしまいましたが、翌日、私がさっそくその詩を
探しに行ったのは言うまでもありません。笑


今、二人の子の父親となって、この「男」の心境が痛いほど分かります。
本当に痛いのです。

その男性は本当にその女性(この場合は谷崎潤一郎さんの妻 千代さん)
を愛していたのですね。
そして、女の子も大好きだった。

「愛薄き」と自分で言えるほど、愛が深かったのでしょう。

そして、頼りない秋風にさえ、
「かの一ときの団欒 夢に非ずと」
確かに在ったのだと証明して欲しいと頼みます。

心中察するに余りあります。



何年か経った後、佐藤春夫さんと千代さんは一緒になりますが、
「あのときと変わらない気持ちを持ち続けている」
と言い切ったそうです。

ハッピーエンドで良かったですね。



でも、
「そいえば、あの時、一人で秋刀魚を食べたことがあって、
・・・泣いたなぁ。」
なんてしみじみ語ってもらいたいです。笑

少し寂しそうに笑う春夫さんの手を、千代さんがそっと握り締めながら、
「でも、今はみんなで笑いながら食べられるじゃありませんか。」
って、微笑んで欲しい!笑

そして、青い蜜柑がバスケットの中なんかに入って、
そっとその横に添えられたりしているのです。

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2009/11/26 10:28 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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