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過程が大切③ ~コトノハ寄稿文より~


人生の過程を楽しむ



答えを出すことよりも、工夫する過程を楽しむこと。


『答えが大事なのではなくて、過程が大事。

わからないときに試行錯誤することや工夫することによって思考回路が増えている。
だから、答えが出ても出なくても、工夫し続けることに意味がある。
そして何より「楽しく」工夫することが大事。』


これは人生の指針そのものです。

分からないときは、試行錯誤することこそが大切です。
マニュアルは、「正解」を教えてはくれません。
何より、マニュアルは「察する」「感じる」という一番大切なことを奪っていきます。


ですから、ハンバーガー屋さんで、
「お客様、おひとりですか?」
「はい。」
「ご注文をどうぞ。」
「ハンバーガー30個お願いします。」
「はい、こちらでお召し上がりですか?」
などという笑い話もできます。


世の中にはマニュアルにないことの方が、圧倒的に多い。
ですから、何かあったら、その都度マニュアルを探すのではなくて、
「なぜ」を深めていくことで、本質を見つけていくこと。

もちろん、本質は1つではないかもしれませんし、
本質の奥に、さらに本質があるのかもしれません。


人生を上手に生きようとするならば、「結果に執着しないこと」だと思います。
人生そのものが、創造のプロセスの連続だからです。

例えば、焼き物の作家さんは、
「高く売れるものを作ろう」
として、お皿や鉢を作るでしょうか。

中にはそういう方もいらっしゃるかもしれませんが、
大方の人は作品を作ることに一心不乱で打ち込むと思います。

その作品に思いと技術の全てを込める。
その作業がたまらなく素晴らしい時間であるでしょうし、
その思いをお客さんは対価として買っていくわけです。



料理人もそうでしょう。
値段の高い料理を食べさせたい、という思いではなくて、
素材をどう料理すれば一番美味しく食べられるかに一番時間を使うのだと思います。

そして、そんな料理を考えている時間がとても楽しい。
そうやって作られた料理が美味しいのは当たり前です。



好きな人とのデートプランを考えているときも、
遠足の準備をあれこれしているときも、
音楽を演奏したり、聴いたりしているときも、
それらが「終わること=結果」を目標にしているわけではありません。


美味しい料理も、完食が目的だと実に味気ないものになりますよね?
これだと、いつも残り物を食べているのと変わりませんからね。(笑)


つまり、私たちが楽しんでいるのは、常に試行錯誤する過程だということです。

「結果よりも過程が大事」と主張するどんぐり倶楽部の主旨は、
私にとっては正に「我が意を得たり!」という気持ちでした。



それは、私が長年追い続けていた疑問、

「人は必ず死ぬのに、なぜ生きるのか」

に見事に答えを出してくれました。

そう、「結果よりも過程が大事」とは、
「人生の結果である『死』よりも、いかに生きたか、という過程が大事」
という考え方に見事に合致します。



マザーテレサも、
「大切なのは、どれだけ沢山のことをしたか、ではなく、
どれだけ心を込めたか、です」
という言葉を残しています。

「結果よりも過程が大事」という考え方は、人生に対する声援そのものです。




では、私たち親が子供たちにしてあげられる事は何でしょう。
それは、試行錯誤する経験、成功だとか、失敗だとか言われる
沢山の経験をさせてあげることだと思います。


この経験の蓄積こそが、実は勉強においても、人生においても、一番大切です。
何かが上手くいかないときは、誰もが立ち止まって考えます。
それこそが『宝』。
失敗は成功の母、とはそういう意味だと思います。


『つつがない人生』でなかったから、色々と考え、工夫して生きていくことができた。
病気をしたことがあるから、病気をしている人の痛みがわかる。
挫折したことがあるから、挫折した人の苦しみもわかる。
つまり、優しさとは、苦労あっての優しさなのです。


「優しい子」「人の気持ちの分かる子」に育って欲しいのであれば、
苦労の経験が不可欠です。もちろん、苦労だけが大切なのではありません。

自分が楽しんだ経験があるから、人を楽しませたいと思えることもまた真理です。




本物の愛情




親は自然にいけば、子供よりも先に死にます。
そして、子供もいつかは社会に巣立っていきます。

そのときに、
「お前はもう、一人でも十分に生きていける。
人生を楽しむことを学んでいる。
だから、安心して歩いて行きなさい。」
と笑顔で送り出してやることが
親としての最大の勤めであると私は思います。



そして、子供を社会に送り出した後は、親は親でまた、
自分の人生を輝かせるために日々を大切に生きていくこと。

親が「子供の役に立っている」という安心感を求めてはいけません。
それは結局自分のためにも、子供のためにもならないのです。
なぜなら、それは依存心であり、愛ではないからです。
愛とは不安の要素を含まないものです。


また、子育てに「結果」を求めてもいけません。
子供は投資信託や株ではありません。
いくら投資したから、いくら回収できるという計算は、
子供を愛するのではなく、自分しか愛していないのです。


「いくら掛ったと思っているの!」とか、
「誰が食わしてやっていると思っているんだ!」などという言葉は、
子供を惨めな気持ちにさせるだけです。

自己嫌悪はやる気を根っこから奪っていきます。

親に罰せられた後で、
「よし、今度からは自分の行いを改めよう!
これからは罰してくれる親を喜ばせたいから、
もっと自分に責任を持って、協力的に頑張ろう!」等と、
前向きに自分に言い聞かせる子供を、少なくとも私は見たことがありません。


子供の旅立ちの日のために、私たち親は毎日、毎時間、毎分、毎秒、
子供たちとどう接していくのか。



おそらく、今これを読んで下さっておられる方々は、
「愛情深い親になるためには、どうするか」ということは十分に考えてこられたと思います。

今後はそれを考えることはもう止めて、
「今、私が十分に愛情深い親ならどうするのか」
と実践することが大切なのだと思います。




あるお母さんが、保護者懇談の席でこんなことを仰っておられました。

「私、子供に止めさせたいと思っていることを、
自分が考えずにやっていました。

驚きました。

確かに、子供に騒がないで欲しいときに、自分は子供たちよりも大きな声を出していましたし、
ケンカをやめさせるために、子供を叩いたり、引っ張ったりしていました。

人に失礼なことを言ったときは、私が子供に無愛想に接していました。

子供が『バカ、アホ、死ね』などの使って欲しくない言葉を使ったとき、
私が『バカなことを言うな』とか、『アホなことをするな!』とか言っていました。

子供には『優しい人になってね』と常々言っているのに、
自分がそうじゃないことをしていたんですね。

まず、自分の言動を意識的に変えていきます。」




親の思い通りに子供をコントロールして、親の思い通りの結果を出させること。
それは、子供の幸せというよりも、親のエゴのようです。

しかし、子供が自分で考えて行動することができて、
その過程を楽しめるようになれば、
結果がどうあれ、それに執着することなく、日々を楽しく幸せに過ごすことができます。




子供たちは、両手を広げて待っています。

私たちの目の前にいる子供の笑顔を取り戻せるのは、誰でもない私たちです。

子供が生まれてきてくれた日。
そのときの気持ちが全てです。




「生まれてきてくれて、ありがとう。」

その気持ちは、私たちが生まれてきたときも同様に、
私たちにも与えられたものです。



そして、世界中の全ての子供たち、全ての人たち、
全ての生命がそのように生まれてきたとしたら、どうでしょうか。




「愛」とはそういうことだと、私は思います。

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2009/08/03 13:46 | 未分類COMMENT(4)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

弘中さんへ!

では水曜日のお昼ということで。
1時? or 2時?
場所はファミレスでもいいでしょうか?

今度は携帯へ連絡しますね。

No:13 2009/08/03 21:06 | 清久喜正 #- URL編集 ]

清久さん 江

コメント、ありがとうございます。

すみません!
水曜のお昼の時間は、面接が入ってしまいました!

ちょっとバタバタさせても申し訳ありませんので、
木曜に変更にして頂けませんでしょうか?

木曜の1時だとありがたいです。

勝手を言って申し訳ありませんが、
宜しくお願い致します。

No:14 2009/08/04 07:50 | ひろなか #- URL [ 編集 ]

清久さん 江

ああ、ごめんなさいっ!
木曜の1時からは、予定がありましたっ!

金曜の1時はいかがでしょうか?

何度もすみません。
宜しくお願い致します。

No:15 2009/08/04 11:15 | ひろなか #- URL [ 編集 ]

了解です!

No:16 2009/08/04 21:25 | 清久喜正 #- URL編集 ]

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