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『ぼくわかってるよ』 ~子どもの詩より~

みなさん、こんにちは。

なかなかに充実した日々を送らせて頂いております。
中3生は、あと2週間ほどで県立高入試。
他の学年も、学年末テストですね。

岡大附属中の子達は、今週からテストですから、
これから五月雨式にテストが続きます。

気温差もありますので、体調管理には気をつけていきたいですね。

さて、今日はご紹介したい詩を1つ。

まずは、読んでみてください。




『ぼくわかってるよ』


山本貴紀(四年)



お母さん、ぼくわかっているよ。
しゅく題は、学校から帰ったら、すぐした方が
いいことを。
だれのためでもない、ぼくのために、
ぼくのために言ってくれていることを。
けど、今はぼく 外で遊びたいねん。
友達と遊びたいねん。


お母さん、ぼくわかっているよ。
自分の部屋ぐらい自分でかたづけないと、いけないこと。
だれのためでもない、ぼくのために、
ぼくのために言ってくれていることを。
けど、今はぼく ファミコンしたいねん。
もうちょっとで てきをたおせるねん。


お母さん、ぼくわかっているよ。
野球練習しないと、レギュラーになれないことを。
だれのためでもない、ぼくのために、
ぼくのために言ってくれていることを。
けど、今はぼく しんどいねん。
レギュラーになりたいけど、つかれてるねん。


お母さん、ぼくわかっているよ。
今のままでは、遊びも勉強もスポーツも、
中と半ぱになることを。
けど、今はぼく なんでもいろんなことを
やりたいねん。
あれもこれもやってみたいねん。


わかっているんやったら、
さっさとすぐにしろと、言われそうやけど、
すなおに聞いたら、
きっとお母さん安心するやろ。
安心して、ぼくからはなれていってしまうやろ。
ぼくからはなれたらいややねん。
だって、いつもぼくに言っているやろ。
「なんでも自分のことは、自分でやれるように
なってくれんと、死んでも死にきれん」と。
だからお母さんに安心してほしくないねん。


死んだらこまるねん、ぼく。
いつまでも、いつまでも、
ぼくのそばでぼくのことを、
おこってほしいねん。
車イスで追いかけ回して、
おこってほしいねん。
病気のちょ金箱のようなお母さんやけど、
出したり入れたりしながらでも
お母さん頑張ってな。
きんジストロフィーは治らへんやろうけど、
ぜっ対、くじけたらあかんで。
ぼくとやくそくしたやろ。
ゆびきりげんまんしたやろ。


(『こころのうた』佼成出版社より)




最初は、子どもらしい、可愛いわがままだと思って読んでいました。

しかし、5連辺りから、急に詩に深みが出てきました。
「ああ、そういうことか・・・。」
最後には、涙が出てきました。


一般的に、筋ジストロフィーという病にかかると、
20歳を過ぎるのは至難の業だと言われています。

つまり、この貴紀君にとってお母さんと過ごす1日1日は、
いつなくなるかもしれない、正に宝物のような時間なのでしょう。



>ゆびきりげんまん

昔、江戸では、「ゆびきりげんまん」の歌の最後
「はりせんぼんの~ます ゆびきった」の後に、


「死んだらごめん」

という言葉をつけていたそうです。


もし、貴紀君のお母さんがそのことを知っていて、
心の中でそっと呟いていたらと思うと、
切なさで胸が締め付けられます。


本来「生きる」とは、どんなことであれ、
その一瞬一瞬を愛しく思うことなのでしょうね。

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2013/02/28 16:33 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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