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教育の最終目標について

みなさま、こんにちは。


塾でもそうですが、教育の最終的な目標は何かと言えば、

「生徒を自立させること」

です。


「自立とは何か」と問われたら、
「私なしで生きていけるようにすること」だと答えます。

今の教育、そして人に対して何かをアドバイスするようなお仕事、或いは、ヒーラーやカウンセラー、占い師もそうでしょうが、すべからくこの思いを抱いていないと、結局は失敗します。

(本当は「失敗」というものはありませんが、便宜上この言葉を使います。
「失敗」とは、「本来の機能を果たさない」という意味です。)


親も同様です。
親は、なるべく早く、この意識を持っておく方が良いと思います。

そのときに気をつけないといけないのは、
「育てられる側(子ども)」が、もう要らないと思うまで「育てる側(親)」は与え続ける、
ということです。
それは、無条件であることが前提です。


十分に与えられた子どもは、悪く言えば「飽きて」きます。
良く言えば、それを「信じること」ができます。

そうすれば、また新しい「刺激」を求めて、工夫をするなり、探検に出かけるでしょう。

それが「オリジナル」「自分らしさ」ということだと思います。
自分らしさを出せるようになると、それは「楽しみ」になります。
それが『生きるコツ』なのだと思います。


「自立する」とは、「必要としないこと」です。
いつまでも、誰かにやり方を聞かないと何もできないのであれば、それは自立しているとは言えません。

「先生がいなくても、問題が解けるようにすること」が、先生の仕事です。
「医者の必要を感じないほど健康になること」がお医者さんの仕事です。
「親がいなくても、子どもが生きていけるようにすること」が、親の仕事です。


その同一線上に、「モノ」もあります。

沢山の「モノ」がなければ「幸せ」になれない人は、幸せから離れている人です。

豊かな人とは、沢山の物を持っている人でなく、
少ない物で満足できる人のことを言います。


所有の強迫観念の虜になっては、自分の人生を生きられません。

自分が主役なのか。
モノが主役なのか。

自分以外の誰かが自分の人生の主役にはなれません。
人は、どんな人でも10代元をたどれば1024人の先祖がいるそうです。

もし、その人たちが全員観客で、「あなた」という人生の劇を見ているとしたら、それはどんな「劇」になっているでしょうか。

その1024人全員が、
「ほらー、頑張ってー!」
「大丈夫、大丈夫。心配ないよ!」
「あなたは、私達の代表選手なんだから、それでOKなんだよー!」
「しっかりねー!」
「せっかくのチャンスなんだから、楽しんでねー!」
などという、大声援をいつも送ってくれているとしたら、どうでしょうか。


依存と共依存を一緒にしてはいけません。
必要と欲求は違います。

自分が社会でやりたいことをするために、技術を探して身に付けることを勇気と言います。

親は子どもに勇気が出るように育てていくことが大切だと思うのです。

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2012/09/13 16:25 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

9.11

みなさま、こんにちは。

そう、あれからもう11年になるんですね。

「9.11」

私事ですが、私たちはその年に結婚しました。

それも、翌月に結婚式&ハネムーンをひかえていました。

案の定と言いますか、翌日からはハネムーンのキャンセルの
電話がビシバシと鳴っていたそうです。

私たちの式のお世話をして下さっている方に相談をすると、

「う~ん、まぁ、まだ1ヶ月ありますからね。
ちょっと様子を見ましょう。」

とのこと。

結果として、私たちはイタリアへ2週間、ハネムーンに行けることに
なったのですが、9.11のその晩の衝撃は今でも忘れません。

みなさんが心配されるほどでもなく、イタリアはホントにのんびりしていて、
ホントにテロなんて、あったのかな?
と思うくらいでした。笑


生きていること

生かされていること

3.11 のこともありますが、

今一度、改めて考えてみたいと思います。



「今、そこにいてくれて、ありがとう」



『もし最後だとわかっていたら』


あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう



あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう



あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう



あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう



たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい



そして わたしたちは 忘れないようにしたい



若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを



明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから



微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと



だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう



「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから




【原文 全文】

Tomorrow Never Comes
Norma Cornett Marek

If I knew it would be the last time that I'd see you fall asleep,
I would tuck you in more tightly, and pray the Lord your soul to keep.
If I knew it would be the last time that I'd see you walk out the door,
I would give you a hug and kiss, and call you back for just one more.

If I knew it would be the last time I'd hear your voice lifted up in praise,
I would tape each word and action, and play them back throughout my days.
If I knew it would be the last time, I would spare an extra minute or two,
To stop and say “I love you,”instead of assuming you know I do.

So just in case tomorrow never comes, and today is all I get,
I'd like to say how much I love you, and I hope we never will forget.
Tomorrow is not promised to anyone, young or old alike,
And today may be the last chance you get to hold your loved one tight.

So if you're waiting for tomorrow, why not do it today?
For if tomorrow never comes, you'll surely regret the day
That you didn't take that extra time for a smile, a hug, or a kiss,
And you were too busy to grant someone, what turned out to be their one last wish.

So hold your loved ones close today and whisper in their ear
That you love them very much, and you'll always hold them dear.
Take time to say "I'm sorry,"... "Please forgive me,"... "thank you" or "it's okay".
And if tomorrow never comes, you'll have no regrets about today.



引用:
『最後だとわかっていたなら』
作 / ノーマ・コーネット・マレック
訳 / 佐川睦
出版社 / サンクチュアリ出版

2012/09/11 16:31 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

「何を言うか」ではなく、「誰が言うか」ということ

私は常々、「何を言うか」ではなくて「誰が言うか」が大切だと思っています。

「勉強することは大切だ」
と言うことは、多分、誰が言っても正しいです。
しかし、『誰』が『どんな状態』で、この言葉を言うのかによって、その重みが全然違います。


父ちゃんが、日曜日に寝っ転がって、お尻なんかポリポリしながら、
バラエティー番組を見て時々、「あはは」なんて言ってる状態で、

「お~い、○○。勉強するって大切だな~。あはは」
なんて言っても、多分、普通の子どもには伝わらないでしょう?(笑)


自分が勉強しなかったせいで、差別やいじめを受けたりして、
でも、それをバネに頑張って、現世的に「成功」したといえる人が、
2人きりのときにしみじみと語る、

「やっぱり、勉強って大切だよ。」
の一言には、万感の思いが込められていると思います。



つまり、人に自分の思いを伝えたいときには、
ある程度、その人のバックグランド、日常を見せておく必要があると思うのです。
そして、言葉を交わせるだけの、『普段の(他愛のない)会話』が、本当に大切なのだと思うのです。


会話の内容なんて、なんでも構いません。

昨日見たテレビのこと。
今日あった学校のこと、会社のこと。
友だちのこと。
親のこと。
勉強のこと。
夕飯のこと。
テストのこと。
今までのこと。
これからのこと。
・・・。


大切なのは、そこにある種のメッセージ性など、なくても構わないということ。

いつもいつも、そこに意味を見つけなければならないような言葉のやりとりは疲れますし、相手を疲れさせます。



「風が気持ちいいね。」

「そうだね。」

とか、


「あ、この卵焼き、美味しいね」

「あ、本当だ! 美味しいね。」

そんな他愛のない会話、そしてちょっとした静寂の時間。

そんな中で、
「そういえばね・・・。」
という本音を話してくれる時間がくるかもしれません。

いずれにしても、急いでいるときに大切な話をしようとは、なかなか思わないということだと思います。



「1」のことを伝えようとするのには、「9」くらいのムダが必要なのかもしれません。
それは、時間もかかるだろうし、手間でもあります。

しかし、その手間を省いて、いきなり「1」だけを伝えても、多分、その「1」は伝わらない気がします。


どこかの週刊誌で借りてきたような、当たり障りのない言葉ばかりを並べる人。
用事ばかりを言う人。
反論のしようもない真理ばかりを言って、実践が伴わない人。


もちろん、私も未熟です。
そんなことは、言えた義理ではないことは、百も承知なのです。

でも、それでも、あまりにも目にあまることもあります。




冗談やユーモアが、「潤滑油だ」ということは、そういうことだと思うのです。
とても苦い薬を、幾重にも包むオブラートのようなもの。
薬だけが飲めるのであれば、オブラートなどは要りません。
しかし、舌に触ってすぐ溶けるのであれば、2重に3重に包む必要もあるでしょう。

でも、あまり大き過ぎると、今度は薬自体が飲みにくくなります。



そのバランスが大切だということです。

必要なことだけを言えば良いと思っている人は、食事もサプリだけを取れば良いと思えるでしょうか。

食事を楽しむということは、結局「ムダ」をも楽しむということと同じです。


そして、その「ムダを楽しむ」ということが、「文化」ということでもあり、
人生を楽しむということになるのだと思うのです。

2012/09/04 16:27 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

円の面積を求める

みなさま、こんにちは。

昨日、中学2年の生徒から質問がありました。

「センセ、何で円の面積って、πr^2(パイアールの2乗)なん?」


「あれ? 小学校で理屈まで教わってないの?」


「ううん。なんか覚えてないけど、いつの間にか覚えさせられたって感じ?」


「あ~、そっか。
まぁ、いいや。

あのね、まず、円があります。

(ホワイトボードに円を描く)

はい。
ノートにも描いてよ。OK?


それでね、え~、どうしよっかな。
じゃぁ、ケーキを切るみたいに、8つに切ってみようか。


切れた?
そうそう。


で、その円を上半分と、下半分に分けるよ。
そう、上の半円で扇形4つ、下の半円で扇形4つだね。

それをね、ギザギザの歯みたいに開いてみようか。
そう、小学生が描く『怖い人』の歯みたいな感じな。(笑)

円の中心だったところから、開いてみて。

どう、三角形が上下4つずつ並んだみたいになった?


▽▽▽▽
△△△△


で、この上下の扇形を近づけて合体させます。

どうなるでしょう?」


「え~、あ、平行四辺形みたいになる!」



「そうそう。
でも、もともとその扇形の上の頂点って、円の中心だったでしょ?
で、下の所は、弧だったでしょ?

ということは、上から下に、真っ直ぐ切ったら、その長さって何かわかる?」


「え、半径でしょ?」


「お~!そうそう!(笑)
で、切った分を、反対側に持ってきてくっ付けると?」


「あ、長方形になった!」





「ね!(笑)
ということは、今、8つに切ったけど、これを無限個に切っていって、同じようなことをしていったら、限りなくキレイな長方形になると思わない?」


「あ~、そうか。
え? じゃあ、結局、面積って『たて×横』ってこと?」


「そうよ。
まず、「たて」にあたるのは?」


「半径。
え、でも、横は?」


「横はね、円周率ってあったじゃない? 覚えてる? そうそうπね。
円周の長さは、直径の約3.14倍ってやつね。

はい。
円周の長さは、直径の3.14倍です。
いいですか?

今使った、長方形の横は、円のどの長さと大体同じ?」



「え~、どこだっけ?
あ、まず円を半分にして~、ってことだから、結局半円の弧の長さかな?」



「そうそう。
ということは?」


「ということは? って笑顔で言われても・・・。(笑)


あ! 
円の円周全部が、直径の3.14倍ということは、
半円だったら、直径の半分、だから半径の3.14倍でいいんじゃない!?」


「そうそう。
そしたら、もう分かったじゃん。」


「え?!
たては、「半径」
横は、「半径×3.14」

これをかけたら、長方形の面積だから、

半径×(半径×3.14)=r×(r×π)=r×r×π=πr^2(パイアールの2乗)

ああぁあああ!!
そういうことだったのね~~~ぇっ!」


「ふふふ。(笑)
どう、わかった?」


「ああぁあ、わかった! わかった!!
すげー、センセ、ありがとう!」


「どういたしまして!
また、質問おいでね!」



良い笑顔でした!

こういう笑顔が、塾の先生としてはご馳走ですね。(笑)

2012/09/01 14:23 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

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