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覚書(生徒を伸ばすために)

ちょっと自分用の覚書になります。

ごめんなさいね。


生徒を伸ばすために心がけること


・失敗を恐れさせないこと。
  →失敗は倫理的や道徳的な善悪とは関係ない。
   その子自体の存在価値とも関係ない。
  ただ、今までわからなかったところが、わかったということだけ。

  失敗は、間違いではあるが、悪ではないということ。



・マイナスな言葉を受け入れること。
 →怒りを抑えると、憤怒になる。
 不安を抑えるとパニックになる。
 悲しみを抑えるとウツになる。

 感情はそのままで味わうためにある。
 ただ、表現方法は教える必要がある。

 怒りを愛情深く表現する方法もある。
 泣きたいときには、泣けば良い。

 その感情を持っても良い。
 その安心感が自己肯定感を育てる。



・小さな成功を褒める。
 →「まだまだ」だと思っても、
  今までの努力を認めること。

  でないと、生徒は、何をどこまですれば良いのか、不安になる。

  大人が褒めることは、その都度小さな階段を確実に
  上らせているようなものだ。


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2011/06/17 16:35 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

苦しいときは・・・

皆さま、こんにちは。

晴佐久昌英さんという方の詩を1つご紹介させてください。




苦しいときは


苦しいときは 昔を思い出すといいよ

自分が生まれた日

はじめて母のふところに抱かれて やすらいだ朝を

わが子に人生を与えた親の思いを

思い出すといいよ

悩みなく 遊びまわった幼いころ

ころんでもころんでも 世界を信じて

傷が治らないうちに また走りだした夏休みを

思い出すといいよ

夢破れて 死のうとさえ思ったあの夜を

もう 二度と朝は来ないと思っていたのに

やがて魂に忍び込んできた あの夜明けの美しさを





苦しいときは 明日を夢見るといいよ

いつか すべてを月日が洗い清めて

こころに ひとかけらのけがれも痛みもなく

晴れわたった雪山の青空のようになれる日を

夢見るといいよ

苦しみ抜いた末に 優しさのちからを知り

苦しむ人の気持ちが 痛いほど分かるようになり

涙にくれるだれかの隣りに そっと寄り添える日を

夢見るといいよ

苦しみは いつか喜びにかわると身をもって知り

あの最もつらかった一日こそが

最もありがたい一日だったと 感謝できる日を





それでも苦しいときは もう何もしなくていいよ

歩けないなら 歩かなくていいよ

弱ったその身そのままで 黙って座っていていいよ

冬眠に入った天道虫のように 小さく丸くなって

何もしなくていいよ

今日も揺れ騒ぐ 波の底に貝は眠り

風わたる樹々をおおい 星空はめぐる

人は すべてのいのちと結ばれているから

何もしなくていいよ

一粒の苦しみも見逃さない天使たちに囲まれて

誕生への深き眠りに 落ちていこう

あらゆる苦しみは 生みの苦しみなのだから



晴佐久昌英 著 : だいじょうぶだよ : 女子パウロ会



人は、知れば知るほどに、
勉強をすればするほどに、
「分からないところ」が増えていくものです。


それは常に、「わからないところ」というものが、
「わかるところ」の周りにあるからです。


「何もわからない」ところに、「わからないところ」は、
発生しません。
「わからない」ということさえ、思いもしないのですから。笑


読んだこともないのに、

「カントの『道徳形而上学原論』の

『自然が自然的素質を遍く頒与するに際して、
例により合目的な方法を採ったとすれば、
理性の真の使命は、何かほかの意図を達成する手段としてではなくて、
それ自体善であるような意志を生ぜしめることでなければならない。

そしてこのためにこそ、理性が是非とも必要であったのである。
それだからこの意志は、なるほど唯一の善或いは完全な善ではないにせよ、
しかし〔人間にとっては〕最高の善でなければならない。』

における、『最高の善』とは何だろう」

なんてことは、思わないですよね?笑


ということは、「分かるところ」が増えれば、
「分からないところ」も増えていきます。


風船の表面積みたいなものでしょうね。



そして、
その関係は、「苦しさ」と「優しさ」の関係も同じなのかもしれません。


「優しさ」の周りに「苦しさ」がある。


「優しい」人は、人の「苦しさ」を理解できるから、
理解した分、また「優しく」なるのでしょうね。

また、同病相哀れむ、と言う言葉があるように、
同じ苦しみを味わっている人とは理解し合える気がします。


今回の震災でも、長崎で災害に遭われている方々が、
「自分たちよりも大変なんだから」
と物資を送られたという話、本当に涙が出そうでした。

まだ、自分たちも「日常」に戻れていないのに、
他人を労われる強さを人は持っているんですね。


人は神様の欠片(かけら)を必ず持っています。

それを磨ける布は、ただ1つ。

「経験と感動」

なのだと思うのです。

2011/06/16 16:59 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

先日の授業より・・・(涙)

みなさま、こんにちは。


さて、先日の授業での様子。

今、中学生は中間テストが返却されたということもあって、
一生懸命見直しをさせています。


先日も、中1の女の子2人の英語の授業をしておりました。
(個別指導ですので、一度に見るのは2人までです)



「うわぁ~、センセ!

understandって単語、長いよなぁ~!
センセ、これ、どういう意味~?

なんか良い覚え方ないん?」



「ああ、長い単語なぁ。
まぁ、長いかもしれんけど、
でも、understandって、そんなに言うほど長いかな~?


これ
(「internationalization」を書く)
を覚えろって言われたら、長いなぁ~って思うけど。」(笑)



「うわぁっ!
何それ?!
それ1語?」



「それ1語。
まぁ、でも、そんな比べてどうこうじゃないよな。

そうそう、understandの最初のところ、underがあるでしょ?
アンダーウェアーってどういう意味かわかる?」


「ああ、ユニクロとかに書いてあるような・・・?」


「そうそう!」


「あ!わかった!

ブラジャー!!!!」



(爆笑)



「確かにな!(笑)
確かにブラジャーもアンダーウェアーの1つだろうけど、
男物のところにも、アンダーウェアーって書いてあるはずよ。

そこにブラジャーがあったら、怖いってっ!」(笑)



(真顔で)

「でも、最近、男物のブラジャーもあるって聞いたよ!」



「ホント!?

でも、今はそういう話じゃないって!」(笑)




「あ! わかった!
下着のことか!

ということは、underって「下」っていう意味?」



「そうそう!
じゃあ、stand は?」



「ええ~! 
あ! stand up のstand じゃろ?」



「おお~!
そうそう! ということは?」



「立つ~!」




「正解~っ!!」




「じゃあ、understand の意味は・・・・

 ・

 ・

 ・

 ・

『下が立つ』?」




「下 『に』! 立つ  ね!!!!」



(隣の子はお腹を抱えて、「お腹が痛い」と爆笑している)



「え? じゃあ、understand は『下に立つ』っていう意味?」




「まぁ、待ちなさい。
understand は、文字通り、「下に立つ」という意味だよ。

『に』だよ! 『に』!!

『が』じゃないよ!! 『が』じゃ!!!(笑)


例えば、ここに I can understand you.という文があるとするでしょ?

言葉通りだと、
「私は、あなたの下に立つことができます。」
という意味になるよね。


思いや知識や考えは、水と一緒で、高いところから低いところに流れていくもんだと思って。


そしたら、相手よりも一段下がったところに自分が立てたら、
相手の思いや知識や考えが、自分のところに流れて来れるんだよ。

相手の思いや知識や考えが、自分のところに流れてきたら、
そのときに、自分は相手を『理解すること』ができるでしょ?


つまり、understand は『理解する』っていう意味だよ。

だいぶ、遠回りしたけど!(笑)」




「まぁ、でもそのおかげで、understand は忘れんわ!」(笑)



こういうのを「結果オーライ」というのでしょうか・・・?泣

2011/06/15 16:52 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

中間テスト、返ってきてます!

みなさま、こんにちは。

ちょっとバタバタしておりました。

中学生、高校生は中間テストがやっと終わり、
今は、返却されたテストを見ながら、
解き直しをさせているところです。


生徒たちも、概ね以前よりは点数を上げてきていました。



そんな中、中3のMさんが、
いつになくニコニコ顔で塾にやってきました。


「あ~、先週の修学旅行がそんなに楽しかったのかな?」

なんて思っていましたが、
授業が始まっても、さして修学旅行の話をしてくれるわけでもなく・・・。


「あ! 中間テスト返って来た?」

「うん!!」


見せてくれた数学のテストは、
なんと




「98点」!!



「ひえぇぇぇええええ~!!」




つい先日まで、

「センセ、どうやったら、成績って上がるんですか?」

なんて相談していた子です。



ちなみに、去年の1月くらいの段階では、
数学のテストで40点を取っていた生徒です。

2年の学年末テストでは60点くらいで、
「もうちょっと上がると思ったのに~!」
なんて言ってた子です。


だからと言って、特別なことをしていたわけではありません。


わからなかったところを1つずつ分かるようにして、
ミスをしたところを、繰り返し練習していただけです。


ただ、私が1つだけ気をつけていたのは、
「その子がミスをするパターンをその子に伝えていた」
ということです。


「思い癖」

と言う言葉もありますが、これって結構他人に言われないと
気づけないことかもしれませんね。


移項の時に符号のミスをよくする生徒には、
「移項のときには、気をつけてな!」

そして、
「テストを全部解き終わっても、寝たりせずに
もう1回、もう2回と解き直しをしてよ!
符号に気をつけながらな!」


分数の計算が苦手な子は、
その練習をさせながら、
どういうところに気をつけていけば良いかを
伝えていきました。


「ミス」や、「ケアレスミス」
と一言で片付けてしまうのには、あまりに勿体無いのです。


自分がどういうミスをしがちなのか。
なぜ、こういうミスをしてしまったのか。

単なる覚え違いなのなら、それを改めること。


そういうことを細かく分析しながら、
次のテストに活かすこと。

それがテストの意味だと思うのです。



以前、成績が伸びにくい生徒は、
受け入れ下手だと書きました。


自分が思っていた点数よりも低い点を取ったからといって、
答案用紙をぐちゃぐちゃにしてしまう子は、
プライドが邪魔して、なかなか成績を思うように伸ばせません。


さらに言えば、
成績や点数が、その人の価値を決めるものでもありません。


点数が「良い」とか、「悪い」とか、
そういう言葉を使うから、
「良い人」「悪い人」なんて概念を持たれるのかもしれませんね。


間違いに恥辱を持たせなくても良いとおもいますし、
生徒たちは、間違いに自分の価値をダブらせる必要もありません。


ただ、有効でなかったものを、有効にすれば良いだけのこと。


開かないドアは、「役に立たない(本来の意味をなしていない)」だけです。
それを「悪い」とは言いません。

そして、役に立たない(本来の意味をなしていない)のであれば、
役に立つ(本来の意味をなす)ようにすればいいだけ。



原発の問題も、今の国会の問題も、
そして、テストで屈辱感を感じている生徒の問題も
私には、同根に思えるのです。

2011/06/04 11:39 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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