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『こどもの話にどんな返事をしていますか?』

みなさま、こんにちは。

いよいよ、年の瀬。


今年一年、本当にありがとうございました!
沢山の塾生と共に新年を迎えることができて、
本当に嬉しいです。

来年も頑張って参りましょうね。




さて、今日は、最近読んでいる本のご紹介を。

『子どもの話にどんな返事をしてますか?
――親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる』

という本です。


これは初版が1973年になっているのにも関わらず、今も全く色褪せない
『親子の関係を機能的に修正する」ための参考書です。


子育てに必要なのは、愛情とスキル。
特に言葉を使ったコミュニケーションでは、「何をどういうのか」、「子どもの言葉の裏側にある本当の気持ちに気付くには、どうすれば良いのか」ということを、豊富な実例を挙げながら、ユーモアたっぷりに紐解いてくれます。


「お父さん、ボクはこんなことも出来ないなんて、バカだよ。」

「何を言ってるんだ。そんなことはないさ。これが出来ないからってバカじゃないよ。」

「いや、バカだよ。みんな上手に出来てるじゃないか。」

「それはたまたまさ。」

「たまたまなんかじゃないよ!ボクが出来ないのは、バカだからだよ!」

「お前もしつこいな。父さんがバカじゃないって言ってるんだから、バカじゃない!」

「そんな風に、父さんを怒らせるのも、ボクがバカだからだよ!」

「お前はバカじゃないって言ってるだろう! このバカモノ!」


なんて、笑えない冗談があったり。(笑)
こんな不毛な会話は、結構どのご家庭でもあるのではないでしょうか。
そんな会話はどのようにしたら、避けることができたでしょうか。


そういう『機能的でない親子の会話』に対し、
「もっとこういう風に受け答えしていたら、違った結果になるのではないですか」
という具体的な提案を沢山してくれています。
親子関係でお困りの方々には、大いに参考になると思います。


「機能的」というのは、会話の後に、親子の間に調和が生まれたり、平和な気持ちにさせられたり、愛情を深められたりする、という意味です。


やや日本語訳の固いところがありますが、あまり気になるレベルではないと思います。


前書きを引用させて頂きますので、その辺りからどのような本かをお察し頂けると嬉しいです。


私としては、とてもオススメできる本です。




はじめに



朝、目を覚まして、子どもの人生をミジメにしてやろうと思う親はいない。

「今日は、チャンスがあれば子どもを怒鳴りつけてやろう。
うるさく小言を言って、うんと恥をかかせてやるんだ」などとは考えない。
逆に、ほとんどの親は朝にはこう思っている。
「今日は心穏やかに暮らそう。怒鳴ったり、口やかましく言ったり、口論したりするのはよそう」

ところが、そう思っているにも関わらず、望みもしない戦いがまた勃発するのだ。

子育てとは、日々の小さな出来事の積み重ねであり、
ときに衝突や対応の必要な危機が発生するのは避けられない。
親がどのような対応をするにせよ、それは必ず何らかの結果を生み、
善きにつけ悪しきにつけ、子どもの人格の形成や自尊心の育成に影響をおよぼす。

子どもを傷つけるような対応の仕方をするのは、底意地の悪い親だけだと私たちは思いがちである。だが、不幸なことにそうではない。
愛情豊かで、善意の心を持った親でも、責める、辱める、非難する、あざける、脅す、金品で買収する、レッテルを貼る、罰する、説教する、道徳を押し付ける、といったことをひんぱんにしている。なぜだろう?




たいていの親は、言葉が持つ破壊的な力に気づいていないからだ。
親たちは、気づくと、自分が親から言われたことを子どもたちに言っている。
自分の嫌いな口調で、言うつもりのなかったことを言っているのだ。
そのようなコミュニケーションの悲劇は、思いやりに欠けているからではなく、
理解不足に起因していることが多い。


親は子どもたちとの関わりで、特別なコミュニケーションのスキルを必要とする。
外科医が手術室にやって来て、麻酔前の患者に向かってこう言ったら、患者はどんなふうに感じるだろうか? 

「本当のことを言うと、手術の訓練をあまり受けていないんです。
でも、患者さんを愛してますし、常識外れのことはしませんから。」
おそらく患者はあわてて逃げだすだろう。


でも、愛と常識で十分だと信じている親を持つ子どもは、そう簡単に逃げだすわけにはいかない。
子どもたちの日々の要求に応える能力を身につけるためには、親だって、外科医と同じように、特殊なスキルを学ぶ必要があるのだ。熟練した外科医が慎重に手術をするように、親も、言葉を使うときには慎重に用いなければならない。なぜなら、言葉はナイフのようなもので、人を肉体的に傷つけることはないかもしれないが、感情的に傷つける危険があるからだ。

子どもとのコミュニケーションを改善したかったら、何からはじめればいいのだろう?



まず、子どもへの対応の仕方を調べる必要がある。
そして、ふるまいを批判するのではなく、気持ちを汲む言葉を身につけなければならない。
それは大人が、お客さんや見知らぬ人に対するときに使う言葉だ。

例えば、傘を忘れたお客さんに私たちは何と言うだろう? 
その人を追いかけて行って、こんな風に言うだろうか?

「一体、どうしたんですか? 
あなたはここに来るたびに何かしら忘れてますよ。
これじゃなければあれ、という具合にね。
どうして妹さんのようになれないんです? 
妹さんは忘れ物なんかしませんよ。

あなたは四十四歳にもなってるっていうのに、いくつになったら学ぶんです? 
私はあなたの後始末をする召使いじゃないんですからね! 
頭をどこかに置き忘れて来たんじゃありませんか?」


こんな風には言わず、ただ「アリスさん、傘をお忘れですよ」と言って傘を差し出すだけで、「そそっかしい人ですね」などと余計なことは言わない。

親は、お客さんに対するように、子どもに対応する方法を学ばなければならない。
親は子どもに、安全で幸せになってもらいたいと願っている。
わざわざ自分の子どもを怯えの強い、恥ずかしがりやに育てようとする親はいない。
分別のない憎らしい子どもになってもらいたいと願う親もいない。

ところが、多くの子どもは成長する過程で、好ましくない性格を身につけ、安心感を抱けず、自分自身や他の人を敬う態度をつちかうことができない。

親は 子どもに礼儀正しくなってもらいたいと願うのに、子どもは無作法になる。

整頓好きになって欲しいと思うのに、散らかしやになる。

自信を持ってもらいたいと思うのに、不安で落ち着かなくなる。

幸せになってもらいたいと願うのに、なかなかそうはならない。




親は子どもが立派な人間になるのを応援してやることができる。
思いやりと勇気と責任感を持った人間、芯の強さを持って正直に生きる人間になるのを手伝ってやれるのだ。

そのような人間味のある目標を達成するには、親は人間味のある子育ての方法を学ばなければならない。愛だけでは十分ではない。直感だけでも不十分である。

良い親はスキルを必要とする。
そのようなスキルをどうやって身につけ、活用したらいいかが、本書の主なテーマである。スキルを身につければ、親が望む理想を日々の実践に生かせるようになるだろう。また、親が子育てにおいて何を目標とすればいいかをはっきりさせ、その目標を達成する方法を見つける手伝いができれば、と思っている。


親は、具体的な解決策を必要とする、具体的な問題に直面している。
「子どもにもっと愛情を」
「子どもにもっと関心を示しなさい」
「子どもにもっと時間を与えなさい」
と いった決まりきったアドバイスでは、もはや助けにならないのだ。

長年、私は個人的なセッションだけではなく、集団的な心理療法や子育てのワークショップを通しても、親や子どもたちに接してきた。
本書はそのような体験が結実したものだ。
だからこれは実践的なガイドブックであり、全ての親が直面する日々の状況や心理的問題に対する、具体的な提案や望ましい解決策を収めてある。
いずれも基本的なコミュニケーション原理から導かれた具体的なアドバイスなので、親が子どもたちと、お互いを尊重しながら威厳をもって暮らしていく助けとなるだろう。



草思社より出版



著者: ハイム・G・ギノット

イスラエルで教師を経験した後、コロンビア大学で博士号を取得。臨床心理学者、子どものセラピストとして活躍し、親の教育プログラムを実施する。本書は、親と子どもの関係に革命的変化をもたらしたと評され、30カ国に翻訳され、累計500万部を超えるロングベストセラーとなった、親子のコミュニケーションに関する古典的名著である。

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2010/12/30 16:34 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

あと6時間後くらいです!

みなさま、こんにちは。

さて、こちらのサイトはご存知でしたか?

こちら→「http://www.noradsanta.org/ja/index.html


今年も、サンタクロースの追跡をグーグル・アースを使ってしてくださる
ようですよ!






去年、一昨年と、日本に来られるのは、
10時半から11時半くらいの時間帯のようです。

良い子はちゃんと、寝ててくださいね!(笑)


今晩も、9時半まで授業がありますが、
気持ちだけでも早く終わって、
家に帰りたいと思います。

生徒たちも、今日はなんだかニコニコしている
ことでしょうね。

そういう姿や表情が見られるだけでも、
この仕事をやっていて良かったな~と
思えます。

では、みなさまも、よいクリスマスを~!!

2010/12/24 09:22 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

Merry Christmas!

みなさま、こんにちは。

そして
「メリー、クリスマス~!」
ですね。

何となく日本では、
クリスマス・イブがクリスマスの最高潮みたいになってしまって、
本当のクリスマスの25日は、
すでに「抜け殻」みたいになっておられる方が多いように思います。(笑)


でも、イエスさんが誕生されたのは、明後日の25日だと
されていますのでね、そちらをお祝いをしたいと思います。



誤解の無いようにお伝えをしておきますが、
私はクリスチャンではありません。

イエスさんだけを特に信仰しているわけでもありません。



ただ、「一人の人間として」とても尊敬しています。


こういうことを書くと、クリスチャンの方々から怒られそうですね。(笑)




しかし、
「神様、あなたの信者から私を救いたまえ!」
なんて皮肉もあるくらい、妄信的になってはいけないと思います。



イエスさんの言いたかったのは、
「あなたも、私と同じくらい素晴らしいのです。」
ということでしょう。


だから、自分と同じように隣人を愛しなさい
と言われたのでしょう。


そして、最も大切な事は、
イエスさんは自分が神だと祀り上げられても、
全然嬉しくないのだろう、ということです。


イエスさんは、ご自身の人生を「お手本」として、
或いは「1つの例」として差し出したのだと思うのです。


「こういう生き方もできます」
という証拠として。



「それを踏まえて、あなたはどう生きますか?」

という問いを、絶えず投げかけているのだと思います。


誰かや、何かを妄信して、自分の判断、自己責任、
自由意志を放棄してしまうことは、依存でしかありません。




親は子どもを自立させることが仕事です。

先生は生徒を自立させることが役割です。



自立とは、一人になっても人生を楽しめる力がある、
ということです。


イエスさんが生きていた時代、
本当に今よりもずっと大変だった時代だったでしょう。


しかしクリスマスは、
「それでも、私のように生きることもできるのですよ」
と説き続けた人に思いを馳せてみるのも、
良いかもしれませんね。

2010/12/23 15:57 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

親は本当に子供の自立を求めているのか?

「親が子どもに求めているもの。」



日本とアメリカで行われた調査によると、
双方で「自立」が1位になったらしい。



ところが、こと日本の親が、子どもがキチンと自立できるように接しているかと言うと、
どうも疑わしい。

例えば、日本では手伝いをする子どもは小中高生を問わず、
約50%ほどだと言う。

これに対してアメリカではなんと、
約9割の子どもが何らかの手伝いを担当している。



ボクは、「だからアメリカの親の方が素晴らしい」
などという短絡的な結論を言いたいわけではない。


しかし、「勉強」を言い訳にして、
家の手伝いをしないということは、
少し考える必要があると思う。


「ちょっと、太郎ちゃーん。お風呂掃除してくれない?」

「え~、せっかく今、ボク、勉強しているのにぃ~?」

「あら、そうなの。じゃあ、仕方ないわねぇ~。」



などという会話。
日本の家庭では多いのではないだろうか。



子どもにとって、「勉強中」は、手伝い逃れの言い訳の切り札である。



さらに、親は、子どもが「勉強中だ」と言うと、
手伝いをさせることをいとも簡単に諦めてしまう。


これでは、日本の親が子どもに求めているものは、
「自立」ではなく、
「勉強をすること」
ではないかと思われても仕方ない。


或いは、ちょっと意地悪な見方をすれば、
「勉強をしている(素振り)」を親が見たいという、
親の自己満足とも思える感覚なのではないだろうか。


子どもも、その辺りはよく分かっているから、
部屋にカギを付けたりして、
「カギをかけている時は勉強している時だから、
絶対に開けないでよ!
気が散るでしょ!」
などという、勝手な自分の理屈でもって、親を納得させていたりしている。



「なんでも自分で出来るようになってもらいたいんです。」

と保護者懇談でも仰っていながら、
自分で部屋の掃除もさせたことがなく、
まして、料理もさせたこともない。

更には、学校の時間割を見ながら、
翌日持って行くものを親が揃えていたりするなんて、
「自立って、どういう意味で仰ったんでしょうか?」
と聞きたいくらいだ。


それでなくても、授業が終わったら、
机の上の消しカスをゴミ箱に捨てる。
椅子を机の中に入れる。
挨拶をして帰る。

たったこれだけの「常識的」なことが出来ない生徒が、悲しいけれど多い。


「塾も、本人が行きたいって言うので、行かせます。」
と、本人の意向を尊重されるご家庭なのかと思えば、
進路については、結構な割合で干渉して来られる方。



「結局、行くのは本人なんですから、
本人が気に入ったところに行ってもらいたいんです。」
と物分りの良いことを言う方に限って、多いと思う。

どうして、子どもが高校3年生にも大学生にもなって、
受験の付き添いに行ったり、
就職先の心配までしなければならないのだろうか。



そんな年齢にもなって、
ひとり歩きさせるのが心配なようにしか育てられなかったのは、
いったい誰なのかと聞きたい気もする。


親は、子をひとり歩きできるように育てること。

自立して生きていけるように面倒を見ること。

それだけで良いのだと思う。




将来、面倒を見てもらわなければ困るとか、
一緒に住むとか、
スープが冷めない距離に住むとか、
そんなことは、
「親が大切だ」と思えば、
子どもは自然にするものだ。


「昔は良い子だったんですが、今は扱いが難しくて・・・」

などという言葉は、
親離れを必死でしようとしてもがいている子どもに向けられた、
親のエゴ以外の何ものでもない。



子どもの苦しさに「添って」いるのではなく、
親の「思うよう」を押し付けているだけだ、
ということに、親自身が気付いていなかったりしている。



実際、そんな子ほど、素直でマジメであったりするのだ。





自然の摂理で言うと、親は必ず子どもよりも先に死ぬ。




であれば、自分が死んでも子どもがひとりで生きていけるようにすることが、
本当の意味での「優しさ」なのだろうと思う。



自分がいなければ子どもは生きていけない、
というように子どもの依存を煽るように育てるのは、
自分の無価値観を埋めたいだけの、
「甘さ」なのだろう。

優しさと甘さの違いは、長い眼で見て、
その人のためになっているかどうかだ。



その場が、なんとかなればいい。
私の欲望が満たされれば良い。

という、短絡的な考え方は、「甘さ」だと思う。
長期的に見て、みんなが苦しむことになるのだ。


しかし、例えその場が苦しくても、
言いたくない事を言わないといけないような場面でも、長い眼で見て、
「あのとき、ああ言ってくれて、ありがとう。」
と感謝されるようであれば、それは「優しさ」なのだと思う。



「甘さ」で、人に、子どもに、接するのは容易い。


自分が傷付きたくないという、自分だけが可愛い人が、
心の儘に行動すればよいのだから。


一方、「優しさ」で人に接するのは、とても大変だ。

何が「正しい」のかということを
常に自分の良心と向き合っていかなければならない。


そして「正しさ」に「答え」はない。


誰かが定めた「正しい答え」に従ってしか生きられないのであれば、
「あなた」が生きているという実感がないのはないだろうか。



頭だけで、知識だけで、全てのことが理解できて、
それがこの世に生まれて来た「理由」なのであれば、
全てを「知った」ときに、その人は死ななければならない。


幸い、そんな人はいない。(笑)


だからこそ、この世の「経験と感動」が大切なのだろう。


親の役目、先生の役目は、
子どもが精一杯伸び伸びと生きていけるように、
自信を持って歩いていけるように育んでいくことだけだと思う。


2010/12/13 17:29 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

近況報告

みなさま、こんにちは。


最近は、塾へのお問い合わせ、新入塾の生徒たちも
多くなり、当初から来ている生徒たちも、

「何か、にぎわってきたな~!」

などと嬉しそうに言ってくれています。
中には、

「センセ!
今度のテストで、皆がビックリするような良い点を取るから、
それで、
『〇〇ちゃん、どこの塾に行ってるん?』
って聞かれたら、ちゃんと宣伝しておくな!」

なんて、涙が出るようなことを言ってくれる子も!笑


今回のテストは、中3英語は関係代名詞、数学は円と相似。
中2の数学は一次関数、英語は不定詞。
中1は三単元のSと、比例・反比例と多角形。

どれをとっても、その学年のハイライトです。
それだけに、明暗がくっきり分かれる点数になるでしょうね。


だからと言って、点数の高低だけを見て、判断することはやめなければなりません。

大事なのは、何よりも「その後」なのです。

自分が分からなかったところは、
きちんとノートにやり直すこと。

そして、その「わからん帳」を折に触れて見ておくこと。


テストは、健康診断みたいなものです。

「ここが悪いですよ」

と言われたのだから、それに対して対策を考えればいいのです。


「悪いですよ。」
と言われたのに、何もしないのは一番「無駄」ですよね。

きちんと活用させていきますよ。


自習に来ている生徒も増えてきています。

みんな、ガンバレ、ガンバレ!!

2010/12/08 16:24 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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