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近況

みなさま、こんにちは、


最近塾に入ってくださった子のお母さんと,
先日も話をしておりました。


「センセ、この子は今度中1になるんですが、
今まで塾にも行かせずに、大丈夫でしょうか?」


「ええ、全く心配ないですよ!
今のところ、ひと月ほどご様子を見させてもらいましたが、
本当に楽しそうに絵を描いて解いてくれています。

下手な塾、まぁ、下手な塾と言う言い方も変ですが、(笑)
競争をあおったり、
『できる』ということに変に固執したりするような塾に行かせるくらいなら、
行かないで正解だったと思います。」


「ああ、そうですか。
近所の子も〇文に行ってたりしていたものですから、
行かせてないとちょっと不安だったりしたもので・・・。」


「そのお気持ちも良く分かります。

でも、〇文に行かせてたお母さんがたから、こんなこと聞かれたことありません?

『うちのこ、計算だけは速いんですけど、
文章題をすごく嫌がるんです』

って。(笑)」


「ああ!
よく聞きます!」


「でしょ?笑
確かに、〇文に行ってた子は、計算は速いですよ。

でもね、だから何なの?ってことなんです。

小学校のときには、計算のスピードを上げさせては駄目なんですよ。」


「ええ~!
なぜですか?」


「そんなことが、その子のプライドになるからです。

お母さんから見たら、そんなくだらない事って思われるかもしれませんが、
この頃の子供って、自己顕示欲の塊みたいなものだから、
『〇〇って、計算、速いなぁ~』
の一言に、自分のプライドをかけてしまうんですよ。


お母さんを責めるつもりはありませんが、
幼児期にたっぷりの愛情を与えてもらった子は、
そんなところにプライドを求めたりはしないんです。

計算の速い遅いに、自分の存在意義を求めなくても、
私は、無条件に愛されているということを、実感している子は、
失敗を恐れずに何にでもチャレンジできるんですよ。」


「ああ~。
なんか耳が痛いです。笑」


「ははは。笑
ええ、別に責めているつもりはありませんよ。笑

小学校の時代に必要なのは、『工夫する力』その一点だと思ってもらっても良いかもしれません。
もう少し付け加えるなら、
『楽しく工夫する力』
ですかね。

絵を描くからって、いきなり250色入りの絵の具セットをもらったって、
子供は使いこなせたりしませんよ。笑

赤、青、黄、白、黒くらいで良いんじゃないですかね?

その中で、
『あ~、紫って色ないかな~』
なんて思っているときに、赤と青を混ぜると、紫のような色になっていく。

『おお~! これって使えるジャン!』
なんて発見すること。

或いは、白を混ぜることで、だんだん淡い色彩になっていくこと。
黒を混ぜることで、だんだん深い色になっていくこと。

そういうものを子供が、自分で発見していくことに意味があると思うんですよ。

大人が、
『赤と青を混ぜると紫になるからね~』
なんて教えても、子供の感動を奪っているだけだと思いません?

大人の一方的な『効率的な学習』が、
子供の『学習する楽しみ』を奪っているとしたら、
本末転倒だと思うんですよ。

勉強は『作業』ではないですからね。
絵を描くことも作業ではないです。


まぁ、突き詰めれば、『作業』かもしれませんが、
そこに『楽しみ』があるかどうかは、
自分の思い通りにできること、
ということが不可欠だと思うんです。

ただ、言われたからやる、
じゃ、面白くないですよね。笑

そういう教育ばかり受けていたら、
今で言う『指示待ち人間』を作るだけでしょ?

これもある意味、教育の成果だと思いません?



答えを出すために問題を解くんじゃないんです。

過程を楽しむために、問題を考えるんです。



結果が分かっていることの、最短距離を効率良く走らせる練習をするのは、
中学生以降で十分間に合います。

小学校の時は、あれこれ迷いながら、
できるだけ少ない道具を
できるだけ沢山使う機会を与えることだと思うんです。

便利な道具は、苦労をした後に与えないと、
その有難さが分からないんですよ。笑」


「なるほど!
そうですね!」


「はい!
まぁ、本当はもっと深い話もしたいのですが、
のっけから、そんな話をすると濃すぎるので、
今日はこのくらいにしておきますね。笑」


「ああ、そうなんですか?
もっとお話聞きたかったですけど。」


「ははは。
なんにしても、一度に多くの情報があったら、混乱するだけですから。

ええ、これからも末永く、よろしくお願い致します。」


「こちらこそ、よろしくお願い致します。」




春の新入塾生、若干名募集中です。

詳しくはご連絡くださいね。

よろしくお願い致します。

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2010/03/31 17:52 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

理論が先か? 実践が先か?

みなさま、こんにちは。


インターネットというのは、それに振り回されたり、依存したりしなければ、
本当に便利な道具です。

そして時々、
「すげぇ~なぁ~!」
という人にネットで出会えたりします。


蒲島郁夫さん、という方を私は最近ネットで知りました。
もちろん、ご存知の方も多いと思います。
というか、私が知らないだけだったのかもしれませんね。
ごめんなさい。(笑)


蒲島さんは、熊本県の稲田村というところでお生まれになり、ご自身の言葉を借りれば
「高校時代が終わるまで、勉強をした覚えがない」
ということです。

高校時代は、220人中200番台をキープしていたそうですよ。(笑)

しかし、蒲島さんには、少年時代から3つの夢がありました。

それは、
「一つは『レ・ミゼラブル』を書いた、ビクトル・ユーゴのような小説家になりたいと思っていました。
文章を書くのが好きだったのです。
『レ・ミゼラブル』は私が小学3年生の時読んだ最初の本です。

もう一つの夢は、政治家になりたかったことです。
それは、やはり小学生のとき読んだ『ブルータクの英雄伝』に影響を受けたのかも知れません。

3つ目は、阿蘇山の見えるところに住んでおりましたので、阿蘇の大平原で牧場を経営する夢をもっておりました。

振り返ってみると、私の人生はこれらの夢を追いかけてきたようなものです。」


こちらより引用⇒『こちら』


高校をギリギリで卒業すると、地元の農協へ就職。
農家に肥料やガスを届けたり、収穫時には米俵を倉庫に運んだりという仕事をこなしていたそうですが、1,2年で辞め、牧場の夢を追いかけることにします。

そこで、農協に貼ってあった『派米農業研修生』の制度に応募、合格し、アメリカ行きの切符を手に入れました。

牧場経営の夢を膨らませて渡ったアメリカの地で、蒲島さんを待っていたのは、まるで「農奴」かと思うような過酷な仕事の数々だったそうです。
このとき、蒲島さんは21歳。

モーゼスレイク市の短大で、1ヶ月間の語学研修を終えた後、
オレゴン州の高地にあるリンゴ農場、 
続いてアイダホ州の高地にあるバーレイの農場へと派遣され、
15ヵ月間の実地研修を行なうことになりました。

数百等の肉牛と羊に朝晩と餌をやり、空いた時間は広大な農地を耕します。
農業経験も殆どない中、農家のご主人の期待に応えようと、体力の限界まで頑張って働いたそうです。

ボロボロになって働いた実習期間を終え、次は3か月間のネブラスカ大学で学科研修に入ります。

蒲島さんは、
「天国みたいな生活。だって、勉強だけしてればいいんですから!」(笑)
という言葉を残しています。


しかし、そういうお気楽さとは裏腹に、蒲島さんの運命をも変えていくような状態に入っていきます。

そう、先に「農業実習」を積んでいたおかげで、
「理論」の理屈がドンドン吸収できるのです。


「勉強って、こんなにも面白いものだったのか!」

勉強に目覚めた蒲島さんはその後、ネブラスカ大学に入学。

さらにハーバード大学大学院にて博士号を取得し、
帰国後は筑波大学教授を経て、東京大学法学部の教授となりました。

「高校時代を知る友人なら、私がまさか東大の教授になるなんて、考えもしなかったでしょう。」
と笑う蒲島さん。


そして2008年、蒲島郁夫氏は熊本県知事に当選。
「農協職員が東大法学部の教授に」とマスコミを賑わせました。

子供の頃の「政治家になりたい」という夢も叶えていったのです。

ちなみに、蒲氏知事の初任給は、公約通り「100万円カット」の9万2693円だったそうですよ。

関連記事⇒『こちら』



一昔前の

「良い小学校」⇒「良い中学」⇒「良い高校」⇒「良い大学」⇒「良い会社』⇒「豊かな老後』

という価値観は、現在すでに崩壊したと言っても良いと思います。



省エネ型の「効率の良い努力」よりも、
「全力で努力すること」が道を切り開いていくという時代です。


努力というと、汗臭い感じがつきまといますが、
それを本人が楽しんでできるのであれば、こんな幸せなことはないですよね。


理論を先に「学習」することで、効率化ばかりが優先され、
本人の努力を「バカにする」ようなことがあれば、それは「学習の弊害」です。
もはや「学習」とも言えないかもしれません。


あれこれと考えを巡らせること。

それは、子ども時代に与えられた特権なのです。
それを、大人の「善意」で取り去っていってはいけません。


「教えてもらわないと、何もできない」
のでは考え方を教わっていないことになります。


まずは実践する方が、実は何倍も早く目的地につけることがあるのです。

2010/03/23 17:28 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

「コックリさんをした」という女の子

みなさま、こんにちは。


先の高校受験で、中3の一人が公立校の合格点に届きませんでした…。

本当にマジメな生徒で、中学内容が2学期の後半には終わっていた生徒でした。


3学期は高校内容の英語に入っていましたが、
入試前はしっかりと入試対策をして
入試に臨んだはずでした。


「きっと大丈夫…」


そういう気持ちに潜む油断だったのだと思います。

本当に何とお詫びしていいのか、言葉も見つかりません。
本当に申し訳ないです。


できれば、きちんと責任を取って、3年後の入試にきちんと利子をつけて
お返ししたいですね。




さて、先日の小5のNちゃんの授業。

一段落したところで、Nちゃんがこんなことを言い出しました。

「センセ、あんな私この間、友達に誘われて
コックリさんしたんよ。

そしたらな、怪奇現象が起こった!

風がな、ピタッ!! と止んだんよ!

もう私、ビックリしてな!!


でも、ちょっと心配なことがあるんじゃけど、
私、呪われたりしてないよな?」(笑)


「呪われたりして~ぇ!」(笑)


「ええ~!!」


「ははは、嘘ウソ。

そんなことは、ありません。

でもな、やらん方がいいよ。

だって、あっちこっちにいる幽霊が、
近づいてくる可能性はあるよ。」


「え~!
なにそれ?

幽霊なんかおるん?」



「そりゃ、おるよ!(笑)

Nちゃん、死んだら、『無』になると思ってたの?」



「え~! ん~、わからんけど…。」



「でも、Nちゃん、お墓参りに行ったり、神社に行ったりするよね?」


「うん。」


「なんで?」


「え? そりゃ、ご先祖さまに手を合わせたり、
神様にお願いしたり…」


「死んだ人がもし、無になるんだったら、
ご先祖様に手を合わせる意味ってないんじゃない?

それに、今、肉体を持って生きている人だけが、『存在する』
んだったら、神様なんていないでしょ?」


「あ~、そっか!」


「そう、肉体は死んでも、心や魂は死なないっていう
前提で話ができるじゃない?

生きている人間、Nちゃんやセンセだって、つまりね、
『肉体を持った霊』なんだよ。

死とは、肉体を脱ぎ捨てるだけ、ね。


ということは、死んでも性格はそんなにすぐ変わらないんだよ。

頑固な人は頑固なままだし、
いたずら好きな人は、いたずら好きなまま。

生きている人の中にも、人を困らせて嬉しがるような人も沢山いるでしょ?
死んでもそのままなんだよ。


ということは、そういう人というか、霊がやってくる可能性があるってことだよ。」


「ふ~ん。」


「だからね、そんなさ、例えばわざわざ『痴漢注意』って書かれてあるところに、
『本当に痴漢が出るんかな?』
なんて行かなくても良いじゃない?」


「ははは。笑
そりゃ、そうじゃな!」


「でしょ?笑

暇でそんなことをするんなら、
もっと楽しいことをしてごらんよ。

好きな男の子が笑顔になるようなことを
考えてする方が、
ずっと楽しいんじゃない?」


「まぁ、それはそうじゃなぁ~!」


「ぜひ、そうしてください!」笑



まぁ、ちょっと「サニワ」の話をしたりと、
やや専門的な話もしましたが、
分かってくれてよかったですかね。


当塾では、コックリさんは禁止ですので、
アシカラズ!!笑

2010/03/21 17:17 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

枝マッチャン おめでとう!

みなさま、こんにちは。


何年経っても、気になる生徒がいます。
「枝マッチャン」は、そんな一人でした。

小6から当時、私が働いていた塾に来てくれました。
性格を一言で言うと、
「マジメ」
それだけでした。笑

だから余計に私も枝マッチャンを笑わせると、その日
「いい授業をしたなぁ~!」
なんて思えるのでした。笑


ある日、授業の時間が少し余ってしまい、国語の時間なのに、
こんな問題を出してみました。

「ここにB4の紙が1枚あります。
さぁ、この紙の体積を求めてください。」


「え~!」

なんてハチの巣を突付いた様な大騒ぎになります。笑


「何か、必要な道具があったら、センセに言ってね~。」

と言うと、枝マッチャンがボソッと

「センセ、紙に体積ってあるんですか?」

「フフフ」

とだけ笑っておきました。笑



その後、中3の進路相談では、地元の進学校に行くか、
ちょっと遠く寮に入らないといけないけど、
岡山県の私立高校のトップ校に行くか、悩んでいました。


私の意見を求められたときに、

「そうですね、
枝マッチャンは、地元の進学校でも浮いてしまうくらいにマジメだと
思いますので(笑)、思い切って私学を目指してみたらどうでしょうか。」

という提案をさせて頂いたことがあります。

その後、家族会議をひらいてから、その翌日くらいに、
枝マッチャンのお母さんから、

「センセが仰ったとおり、
○○高校を目指してみることにします。

今の、××にはちょっとレベルが高いかもしれませんが、
どうぞ、頑張らせてやってください。」

というお話を頂きました。


それから、スタッフ一丸となって、あれこれやっていたように思います。


結果として、合格できましたが、
「これで良かったのかな?」
という疑問は常にありました。


まぁ、その新聞には一浪後にK都大学に合格したということが書かれてありましたので、
なんとなく、それで良かったのかな? と思っています。


もちろん、これがゴールではなく、
また新たなスタートです。



とりあえず、枝マッチャン、おめでとう。


大変だったこともあるでしょうね。

でもまた、ゆっくりと話せる日を
センセは心待ちにしております。

2010/03/14 18:03 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

近況を少し

みなさま、こんにちは。

最近はバタバタしておりまして、
ブログが更新できなくてスミマセン。


朝一からバイトに行きながら、
夕方から指導をさせて頂いております。

昨日は、県立高校の入試でしたので、その対策を
しておりました。
これから問題を解いてみますね~。

そのほかにも、ギターを教えてください、とか、
あちこちでの教育相談とか、
ホワイトデーの準備とか(!)、
てんこ盛りです。笑


そして、そんな中でも読んでいるのがこちらの本。


『アミ 小さな宇宙人』



え~、非常に良いです。笑


『神との対話』をかなり易しくした感じとも言えますし、
純粋にファンタジーだと読んでいっても面白いと思いますし、
「実話?」と思っていても楽しめます。

言い回しなどは子供でも理解できるように書かれてありますが、
使われている単語が難しかったりするので、
小学校の高学年から読んでみても良いかもしれませんね。



「人間の進化」とは何か。

「高度に発達した社会」とはどういうことなのか。


そういったことが、非常に分かりやすく書かれてありますよ。

結構分厚い本ですが、2日ほどで読めました。
ええ、隙間時間でね。笑


そして、この本を読んでいくうちに、
先のヒントも頂きました。

今年は、これを完成させていきますよ。

いい本を紹介して頂きました!

ありがとうございました!

2010/03/12 16:12 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

つらいときこそ

みなさま、こんにちは。


どんぐり個別指導学院にも、大変な経済状態の中、
色々とやりくりして頂いて通わせてくださっている親御さんがいます。

もちろん、大なり小なり皆さんが大変なことは、重々承知しております。


授業料も遅れがちのそのご家庭からこられるAちゃん。
ちょっと遠慮がちが様子が、気になりました。

みんなが授業料を入れている封筒を出しているのに、
自分は出せていないことが、気になるのだと思います。

確かに銀行振り込みとか、そういうことにすれば良いのかもしれませんが、
生徒たちにも、ちゃんと
「お金を払って授業を受けている」
という感覚を持ってもらいたくて、手渡しにこだわっています。

でも、はやりマイナスの部分もありますよね。



「Aちゃん、良いんだよ。
お金のことが気になる?

それはね、Aちゃんのお母さんとセンセがお話してあるから、
Aちゃんは、その心配はしなくてもいいよ。

AちゃんはAちゃんのできることを
一生懸命頑張ろう!」

と精一杯の笑顔でお伝えすることしかできませんでした。



つらいこともあります。
苦しいこともあります。
悲しいこともあります。


でも、それは事実ではありません。

ある出来事に自分の感情がどのように反応したかだけ。

感情に振り回されるよりも、自分が感情を使って生きることの方が
人生を百倍は活かせると思います。


人はいつか必ず死にます。

そのときに、苦労の意味もきっと分かると思うのです。





『わたしは夢を見た』


ある夜、私はひとつの夢を見た。

わたしは主とともに渚を歩いていた。


暗い空をよぎって、わたしのこれまでの人生の切れぎれの断片が閃いた。


見ると、どの場面にも、二組の足あとが砂の上についている。 

ひとつは自分の、もうひとつは主の足あとだった。

わたしの人生の最後の場面がわたしの目の前に表れた時、
わたしは砂の上に残る足あとを振り返って見た。


あるのはただ、一組の足あとだけだった。





これはわたしの生涯の中で、落胆と最もかなしい時であったことに気が付いた。


この一事がわたしのこころをいつも悩ませたので、
この矛盾について主に問うた。



「主よ。


わたしがあなたに従うと心に決めたとき
あなたはわたしと共に歩み
語らいをつづけようと言われました。


しかし、
わたしの生涯の中で最も苦しかったとき、
あるのはただ、一組の足あとであることをわたしは知っています。



わたしがあなたを一番必要としたとき、
なぜ、あなたがわたしを独り置き去りにするのか
その理由がどうしてもわからないのです。」




主は、優しく微笑んで言われた。


「わたしの大切この上ない子よ。

わたしはおまえを愛している。


おまえが試練の中に置かれている最中、
おまえを独りにしておくなど絶対にしない。



おまえが一組の足あとしか見なかったのは、

そのとき、わたしがおまえを背負っていたからなのだよ。」




マーガレット・フィッシュバック・パワーズ 作   
尾崎 安 訳(一部改訳)




私自身も、何度も
「もうダメかもしれない」
という思いをしてきました。

いっそ、ここで死ねたら、どんなに「楽」だろうか。
と考えた事も1度や2度ではありませんでした。


しかし、今も生きています。
生かされています。


苦しみや悲しみは、人を孤独にします。
夜の闇は、寂しさを募らせます。


しかし、そういう時だからこそ、余計に「小さな光」でも、明るく感じるのでしょう。

明かりの着いた部屋では、小さなロウソクの明かりは、どこにあるのか分かりません。
真っ暗な部屋では、小さなロウソクの明かりでさえも、どこにいても分かります。

何かの「ありがたみ」は、「ない」という状況の中でしか、分からないのかもしれません。

今の、世界情勢も、ある意味では「ない」という状況のなかで、
「ある」ことへの「ありがたみ」を感じられる、またとないチャンスなのかもしれませんね。

2010/03/03 11:57 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

卒業おめでとう!

みなさま、こんにちは。


訳あって、色々と日中忙しくしております。
ブログもご無沙汰しておりまして、すみません。

そんな中でも、入塾のお申し込みを頂きまして、
まことにありがとうございます!!

今は、津山の方からもお問い合わせ頂いており、
調整中です。


今日は、学生服の子供たちと親御さんが多いと思ったら、

高校の卒業式だったのですね~。

卒業されたみなさん、
おめでとうございます!


でも、皆さんを陰で支えてくださった、親御さんの努力を忘れてはいけませんよ。

夕食時にでも、

「今まで色々とありがとう。

無事に卒業できたのも、お母さんとお父さんのお陰です。」

って、ちゃんとお礼を言ってくださいね。

2010/03/01 16:44 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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