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『天国の門』

みなさん、こんにちは。

なんとか、生きています。笑
ちょっと夏風邪をこじらせて寝ていたりしていましたが、
何とか、復活しました。

今度の期末テストまで、あと2週間程。
頑張って参ります。


*********


男は愛犬を連れて長旅に出ていた。


しかし砂漠の真ん中で心臓発作に襲われ、男はそのまま死んでしまった。




         *


再び目覚めたのは暗闇。

そばで愛犬が見つめていた。

男はちゃんと気づいていた。

自分が死んだこと。

そして死んだ自分に何日も寄り添って、愛犬が息を引き取ったことを。



犬と一緒に暗闇を歩き出すと、やがて、まばゆい光の門が、目の前に現れた。

奥には金銀に輝く、巨大な城が見える。



男は門番に尋ねた。


「すみません、ここは何処なんですか?この門はいったい?」


門番は厳かに答えた。


「ここは天国です。」




「おお、ここが天国!

感激だ!!

僕は天国に導かれたのか。

ところで、のどが乾いてしょうがないんですが、水を1杯いただけますか。」

男は待ちきれず、そうたずねた。



門番は言った。

「どうぞ、どうぞ。

城の中によく冷えたミネラルウォーターがあります。


ごちそうも、食べたいだけ食べて頂いて結構です。」




「さすが天国! ありがとうございます!」




男が愛犬を連れて入ろうとすると、門番は急に態度を変えた。


「ちょっと待った!

ペットはここより中には入れません!!」


門番は大きく手を広げ、男を制止した。




「え...!」




男は立ち止まり、愛犬を見た。

愛犬はいつもと変わらず、無垢な目で男を見ていた。

男は、愛犬を置いて自分だけが天国の門を入るのをためらった。




しばらく悩んだが、

自分に寄り添って死んでくれた愛犬を、

孤独な夜に温もりを与えてくれた親友とも言うべきこの愛犬を、

門の外に置いていくわけにはいかない。




結局、男は門に入らず、犬とともに、光の門を後にした。







再び暗闇を歩いていると、

今度は古ぼけてガタガタの、木で出来た小さな門が見えた。



そばに門番だろうか、本を読んでる人がいる。





「すみませんが、水を1杯いただけますか?」



門番らしき男は、本から顔を上げ、微笑みながらこう言った。



「中に手押しポンプがあるから、それで飲むといいよ。」



男は続けて、少しためらいながら、こうたずねた。




「それであのう...。犬を連れて入ってもいいでしょうか?」



門番は笑顔で答えた。



「もちろん!」






「ありがとう!」





男は犬といっしょに門を入り、

ポンプで水をくみ上げて、犬と一緒に心ゆくまで水を飲んだ。





「水をどうもありがとう。ところで、ここはどこなんですか?」






門番らしき男は、微笑んで言った。






「天国だよ」






「え! 天国?! でも、この向こうの、光の門の中が天国だと...」



男は、戸惑いを隠せなかった。


門番らしき男は、微笑を絶やさずにこう続けた。



「ああ、あれは地獄だよ」





「え! 地獄が勝手に天国を名乗ってるんですか?


怒らなくてもいいんですか?」




門番らしい男は、ゆっくりと答えた。





「いっこうにかまわんさ。 


おかげで、親友を置いていくような人間かどうかを、見分けられるんだから」


(「アメリカンジョーク」より)

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2013/06/23 16:12 | 未分類COMMENT(1)TRACKBACK(0)  TOP

スローフード運動

みなさま、こんにちは。


昨日は、高2の英語を見ておりました。

最近の教科書には「スローフード」も取り上げられているんですね。
思わず、生徒が和訳を考えている間に、面白くなって先を読んでいたりして・・・。(笑)


よく言われているのが、1980年代のイタリア、ローマのスペイン広場にマクドナルドが進出してきたところから、「イタリアの食文化を守ろう!」という機運が高まり、1986年、イタリアのビエモンテ州ブラで始まったのが、スローフード運動だとされています。


「イタリア」の「スペイン広場」というのがヤヤコシクテ良いですね。(笑)
もちろん、「ローマの休日」で有名な場所です。
いつ行っても、誰かがジェラートを食べています。(笑)
とは言え、私も2回しか行ったことがありませんが。(笑)


さて、『どんぐり倶楽部』の中にも、スローフードに関する記述があります。

こちら⇒http://homepage.mac.com/donguriclub/slow.html



その教科書にも載っていましたが、

『スローフードとは、何を食べるか、ということのみならず、どのように食べるか、ということを考えることも後押ししているのです。』


「どのように食べるか」

ということは、単なる調理法だけではありません。

どこで食べるのか。
誰と食べるのか。
どんな雰囲気で食べたいのか。
何を話しながら食べたいのか。

そういった様々な食を取り囲む環境全てを(楽しく)考えながら、人間にとって

『より幸せな食文化』

を今一度考え直そう、と言う意味も含みます。



私が今、口にしているのは、「命」だということの確認。
それを作ってくれた農家の方々、取ってくれた漁師さん、酪農家の方々への感謝、とその関係。
私が今、食べているものの文化的な背景。
地域とのつながり。
他の国、人々とのつながり。

そして、心を込めて作ってくれた人々への思い。


そういったものが、たとえ不恰好なコロッケ1つからでも、豊かに想像できることが、私としては「教育の成果」であると思います。

そして、それを「味わう」ということ。

外のパン粉のカリっとした歯応え。
その中にある、じゃがいものホクホク感。
ニンジンや玉ねぎの甘さやひき肉の旨味。
塩加減、胡椒加減。

そんなものが、渾然一体となって、口の中に広がる様子を「味わえること」。
そしてそれを「楽しむこと」。


それこそが、本当の意味での「豊かさ」だと思うのです。
その一番分かりやすい形が「スローフード」だと思います。

「食」とは、「人」を「良くする」と書きますしネ!



資本主義が、『合理化』や『効率性重視』を追求した影に置き去りにしてきたこと。

今、資本主義が崩壊していくのは、「人間らしさ」と乖離していたからだ、というのは、ちょっと言いすぎでしょうか。

2013/05/07 16:25 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

「今、大切なことは・・・」

みなさん、こんにちは。

新年度も始まりました!

塾の方の新年度も今週からです。
先週は、「調整週」ということで、レギュラー授業はお休みでしたが、
私は振替授業をしていましたので、ほとんど毎日授業でした。笑

さて、今日何気なく開いた本からの言葉。


「大切なことは、新しいことを知ることではなく、
今知っていることを、どのくらい早く実行するか
ということではないかな?」


叡智や真理などを知ることに憧れる方々は多いです。

しかし、そんな遠大なものを知るよりも、
目の前のゴミを拾うとか、
目の前の人を笑顔にするとか、
今していることを大切にするとか、
やりたかったことにとりかかるとか、
そういったことの方がずっと大事な気がします。


悟りとは、小さな悟りの積み重ね、

神は細部に宿る

なんて言葉もありますね。


チョモランマに登るのも、一歩一歩の積み重ね。

宇宙ロケットもネジが1つ外れていたら飛びません。


いたずらに入試を恐れるよりも、
いたずらに新学年や新しい環境に不安になるよりも、
今、目の前にある1つ1つ、
1問1問、
それをきちんとこなしていくことが大切だと思います。


新年度からは、細かいことをきちんとすることに
気を配っていきますよ~!

さぁ、今年もガンバろう!!

2013/04/02 16:44 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

『ぼくわかってるよ』 ~子どもの詩より~

みなさん、こんにちは。

なかなかに充実した日々を送らせて頂いております。
中3生は、あと2週間ほどで県立高入試。
他の学年も、学年末テストですね。

岡大附属中の子達は、今週からテストですから、
これから五月雨式にテストが続きます。

気温差もありますので、体調管理には気をつけていきたいですね。

さて、今日はご紹介したい詩を1つ。

まずは、読んでみてください。




『ぼくわかってるよ』


山本貴紀(四年)



お母さん、ぼくわかっているよ。
しゅく題は、学校から帰ったら、すぐした方が
いいことを。
だれのためでもない、ぼくのために、
ぼくのために言ってくれていることを。
けど、今はぼく 外で遊びたいねん。
友達と遊びたいねん。


お母さん、ぼくわかっているよ。
自分の部屋ぐらい自分でかたづけないと、いけないこと。
だれのためでもない、ぼくのために、
ぼくのために言ってくれていることを。
けど、今はぼく ファミコンしたいねん。
もうちょっとで てきをたおせるねん。


お母さん、ぼくわかっているよ。
野球練習しないと、レギュラーになれないことを。
だれのためでもない、ぼくのために、
ぼくのために言ってくれていることを。
けど、今はぼく しんどいねん。
レギュラーになりたいけど、つかれてるねん。


お母さん、ぼくわかっているよ。
今のままでは、遊びも勉強もスポーツも、
中と半ぱになることを。
けど、今はぼく なんでもいろんなことを
やりたいねん。
あれもこれもやってみたいねん。


わかっているんやったら、
さっさとすぐにしろと、言われそうやけど、
すなおに聞いたら、
きっとお母さん安心するやろ。
安心して、ぼくからはなれていってしまうやろ。
ぼくからはなれたらいややねん。
だって、いつもぼくに言っているやろ。
「なんでも自分のことは、自分でやれるように
なってくれんと、死んでも死にきれん」と。
だからお母さんに安心してほしくないねん。


死んだらこまるねん、ぼく。
いつまでも、いつまでも、
ぼくのそばでぼくのことを、
おこってほしいねん。
車イスで追いかけ回して、
おこってほしいねん。
病気のちょ金箱のようなお母さんやけど、
出したり入れたりしながらでも
お母さん頑張ってな。
きんジストロフィーは治らへんやろうけど、
ぜっ対、くじけたらあかんで。
ぼくとやくそくしたやろ。
ゆびきりげんまんしたやろ。


(『こころのうた』佼成出版社より)




最初は、子どもらしい、可愛いわがままだと思って読んでいました。

しかし、5連辺りから、急に詩に深みが出てきました。
「ああ、そういうことか・・・。」
最後には、涙が出てきました。


一般的に、筋ジストロフィーという病にかかると、
20歳を過ぎるのは至難の業だと言われています。

つまり、この貴紀君にとってお母さんと過ごす1日1日は、
いつなくなるかもしれない、正に宝物のような時間なのでしょう。



>ゆびきりげんまん

昔、江戸では、「ゆびきりげんまん」の歌の最後
「はりせんぼんの~ます ゆびきった」の後に、


「死んだらごめん」

という言葉をつけていたそうです。


もし、貴紀君のお母さんがそのことを知っていて、
心の中でそっと呟いていたらと思うと、
切なさで胸が締め付けられます。


本来「生きる」とは、どんなことであれ、
その一瞬一瞬を愛しく思うことなのでしょうね。

2013/02/28 16:33 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

当たり前のことを当たり前に

みなさん、こんにちは。

冬休みの前に中3にはみんな、結構沢山の宿題を出したと、先日書きました。

今週様子を見ていて、その明暗がはっきりと出てきています。


「え? 出された宿題(しかも出されたときに約束までした宿題)は、やってきましたよ。
当たり前です。」

こう答えてくれたH君。

そう、当たり前です。


「今だったら、1日5時間くらいは勉強できてる?」

「え? そんなの当たり前じゃが!」

そう答えてくれたSさん。

そう、当たり前です。


1日2時間くらいしか勉強ができなくて、宿題を忘れた~なんて言っている人は、
まだまだ認識が甘いよ~!!!


今週は、相当叱った週になりました。

「叱る」と言っても、感情的に怒鳴ったりはしません。


「どういう自分になりたいのか」

それを理詰めで一緒に考えさせる時間をとります。


受験生はいつも、感情と理性のせめぎ合いでしょう。

楽にしていたい自分と、一生懸命頑張らないといけない自分。

「勉強しないとって、わかってはいるけど勉強できない」は、
本当に「わかっている」とは言いません。

わかる=成長する、とは、変わることだからです。
「やらなきゃ!」と思ったその瞬間に、動きなさい。

人は、一瞬で変われます。
怠惰な自分に義理立てしても、なんにもなりません。


今までサボってしまったな、と思う人は、
これからの時間をもっともっと有効に使ってください。

センセも一生懸命応援しますからね。

2013/01/12 12:09 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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