ユーモアについて

みなさま、こんにちは。


こちらのサイト→http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/lecture/20010630a.html
によりますと、ユーモアというのは、もともと医学的な概念だったそうです。


『身体の中の液体、つまり「体液」のラテン語“フモール” の複数形を
“フモーレス”といいます。これがユーモアの語源です。

中世の医者は、体液がスムーズに流れていれば人間は健康でいられる、
と考えていたようです。』


今の概念で言えば、人間関係の間を流れる空気のようなもの、
それがきちんと『凍りつかずに』流れていれば、それは正常な
人間関係だと言う事なのだと思います。


ユーモアとは
「にも関わらず笑うこと」
だと、デーケン教授は言います。
ドイツの諺だそうです。

それには、広い視野と心のゆとりが必要である、と。


広いところや、高い場所から周囲を眺めてみると、
自分の存在のあまりの小ささに、
自分の悩みさえも小さく思えます。

悩んでいることがバカバカしくさえ思えてきます。

しかし、自分の存在が小さい、ということが「価値がない」
ということではありません。

もちろん、「価値がない」という感覚は、幻想だと私は思います。


・・・

・・



なんて、ユーモアのことを語っても、全然笑えないんですよね。笑

料理の本を読んでも、全然美味しくないのと同じですね。



ユーモアとはちょっと違うかもしれませんが、
『笑うから楽しい』
のは、そうだと思います。


本当は、ユーモアがなくてもお互いのことを信頼しあえて、
分かり合える。
そういう関係が理想なのかもしれませんね。




2010/02/05 10:59 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

『2月3日』

みなさま、こんにちは。


昨日は色々と嬉しいことがあった1日でした。

ホームページをご覧頂いて、色々とご相談下さった方。

「ありがとうございました。」

その後、ご丁寧にメールもいただきました。

>岡山にひろなか先生のような先生がいると、妙な安心感がわきます。

という過分なお褒めの言葉も頂きました!
本当に嬉しいですよ〜!笑



また、昨日の授業が終わってから、ある小6の女の子が、
こんなことを言ってくれました。

「センセ、この塾のチラシかなんかあるん?」


「あ〜、一応あるよ。」


「1枚、ちょうだいっ!

あんな、今日、算数の時間自習をしてて、って先生が言うから、
私な、『どんぐり』の問題やっとったんよ。

そしたらな、隣の子が、『なにしょん?』ってのぞいてきたから、
見せてあげたん。

そうそう、この絵がいっぱい描いてある問題な。笑


そしたらな、その子が
『ええなぁ〜。これ塾の問題?』
って聞くから、
『そうよ。』
って答えたら、
『今、私、○○(大手の塾)に行ってるけど、授業あんまり面白くないから、
△△ちゃんの塾に移ろうかな〜。なんか、チラシとかある?』
って聞かれたんよ。

だから、渡しとくケンなっ!」笑


なんて嬉しいことを笑顔で言ってくれました。笑



「勉強は、本来楽しいもの。

楽しくないのは、やり方を間違っているだけ。」


「おにぎりは、本来美味しいもの。
美味しくないのは、やり方を間違っているだけ。」


まぁ、別に『おにぎり』でなくても良いのですが。笑
この言い回し、似ています。


料理は段取り八分(はちぶ)、と言います。
段取りが命です。

勉強も段取り八部、です。
何をどう教えるか、順番を間違っては素材が台無しです。


「素材を活かすことが、料理上手」
であれば、
「子供の個性を活かすことが、子育ての大前提」
になると思います。

2010/02/03 10:49 | 未分類COMMENT(4)TRACKBACK(0)  TOP

教育相談

みなさま、こんにちは。


最近は特にそうなのですが、
新年度がそろそろ始まる、ということもあってか、
教育相談のような話をちょくちょくお受けすることがあります。


そのときに私が気をつけていることは、
「今、何かに依存しておられる心を
私に摩り替えることだけはすまい。」
ということです。



「どういう子になって欲しいですか?」


ということを、大人はしっかりと考えていかないといけないと思います。



「自分でしっかりと考えられる子になって欲しい」

のであれば、早期教育でスピードを重視することは
役に立ちません。


「しっかり考えること」と「スピード」は両立しないのです。


どんなに感動的な映画も音楽も、3倍速で見たり聞いたりしても
感動しないのと同じです。



「人の気持ちの分かる子になって欲しい」

であれば、大人がまず誰よりも子供の気持ちを理解してやらなければ
なりません。

子供の話を場合によっては我慢して聞き、
時に先が見える話も、しらなかったかのように
大げさに驚いてやったり、
大笑いしてやったり、
そうして一緒に楽しんでいること、
一緒に腹を立てていること、
一緒に悲しんでいること
一緒に苦しんでいることを
表現してやらなければなりません。

大人がせずに、子供だけにやれというのは、
自分たちが子供の頃に味わったのと同じ矛盾ではありませんか?笑



「勉強くらいは出来る子になって欲しい」

小学校時代の勉強の結果、特に通知表は「先生の感想」くらいに
思いを留めておくことです。

通知表が悪かったからといって、その子の人生が駄目だという風に
烙印を押されたわけではありません。

自分の子供をしっかりと見ていれば良いだけのこと。

自分の子供の評価を他人(先生)に委ねてしまっては、
誰の子なのかわかりません。


子供には子供の生まれ持ったテンポ、スピードがあります。

食べるのも速い子もいれば、
遅い子もいます。

速い子も、とりあえずのお腹を満たせば、
それからは味わって食べることができます。

遅い子も、1つ1つを味わいながら
食べています。


そのスピードを無視しては、
何を食べても同じになってしまいます。


人はサプリメント(栄養補助食品)だけを食べて生きていくことが
できないように、
要素だけを抽出した勉強に意味はあまり感じられません。



勉強とは、自己肯定感を育むための
ツールの1つに過ぎません。


勉強とは、知恵を育むための
ツールの1つに過ぎません。


しかし、その土台に「感情の安定」ということが
前提です。


何かの感情(多いのは寂しさですが)に支配されてしまっている
心で勉強しても、もう一杯いっぱいのところには、
何も入らないのです。

私たちは、心で勉強しているからです。


今、勉強ができない、と思っておられる方。
実は、問題は勉強以外のところにあるのかも知れません。




子供は、いつか必ず親の元を旅立っていきます。

生き別れか、死に別れか、
そのいずれかが必ず訪れます。


そのときに、子供が一人でも生きていけるような
知恵と知識をつけてやること。


それこそが「教育」だと思うのです。

そこをゴールだとしたときに、
どのようなアプローチをするのか。


この先の見えない時代だからこそ、
原点に戻って考えられることだと、
私は思います。

2010/02/02 11:54 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

入試!

みなさま、こんにちは。


さて、昨日、今日と、こちら岡山県では私立高校の1次試験が行われております。

私が面倒を見させてもらっている生徒も、
今日が入試です。

昨日の段階では7割の仕上がり具合だったので、
ちょっとカツ!を入れたのですが、
まぁ、落ち着いてやれば大丈夫でしょう。


それにしても、メディアなどでは、平気で
「倍率が××倍で〜」
などと10倍を超えるような数字を並べていますが、
実質合格者として、定員の何倍もの人数に対して『合格』を
通知するのですから、まともにその数字を受け入れるのは
ちょっとどうかなと思いますね。

もちろん、岡山で言えば、H陵や「サンルイ」のある高校などは
「ほぼ実質倍率」と考えても良いかもしれませんので、
その辺りは注意しておく必要があるとは思います。


何にしても、教育は連続したものですから、
節目は大切にしながらも、同じ子供を育てていることを
もっと意識しなければならないと思います。


塾では、小学校から高校まで一貫してその生徒をみることが
できますので、その子の「成長」が手に取るように分かりますので、
その点はありがたいですね。

高校の先生もできるだけ中学に行って、
「出張授業」の1つもしてもらえたらと思います。

中学生も1週間くらい、自分の希望する高校に行って、
授業が実際に受けられたら、もう少し「高校を選択する」
ことに対して前向きに検討できると思います。



関係ない話かもしれませんが、
先日、中2が「チャレンジワーク」なるもので、3日ほど
お寿司屋さんで働かせてもらったそうです。

それに関しては、学校は基本的にノータッチで、
研修先(?)も自分たちで交渉したとのことでした。

(まぁ、なんらかでのフォローはあったと思いますが)

で、その3日が終わった辺りでそのR君に聞いてみました。

「3日もお寿司屋さんにいたら、少しは握らせてもらった?」


「いえ、ずっとフライドポテトを小袋に分けたり、
蛸を洗ったりしてました。」


「えええぇぇぇえええ〜っっつつ!
3日も?!」


「はい!」


なんか、ガッカリですよね。


中学の方も、授業の一環としてさせるのであれば、
その仕事先にきちんと趣旨説明をしておくべきだと思います。

「今後の生徒たちの将来、仕事観を考えさせていく上で、
仕事の厳しさ、またそれと同時に、仕事の楽しさを
味わせて頂けると嬉しいです。

宜しくお願いします。」


等と一言伝えておけば、人足のような仕事ばかりを
させなかったかもしれません。


仕事の楽しさは、やはり、お客さんに
「ありがとう! 美味しかったよ!」
とお寿司屋さんであれば、言われることでしょう。

であれば、3日目に家族の人に来てもらって、
その間だけでも、生徒にお寿司を何貫か握らせてやるとかできたはずです。

そして、そこのお寿司が美味しければ、
そのチャレンジワークが終わった後も、
きっとお客としてその家族はそのお寿司屋さんを訪れると思います。

或いは、
「あそこのお寿司屋さんはいいお寿司屋さんだから、
是非、行ってみてね!」
の一言も言って貰えると思います。

そういうチャンスを全部反古にしてしまったようです。
なんか、もったいないですね。



来年以降は、申し込む生徒に言わせてみようかなと
思います。




あ、当塾ではあまりオススメしておりませんでしたが、
何名かは中学受験をしたようです。

受験した人は、合格したようです。笑


とりあえず、
「おめでとうございます」


ちょっとしばらくは「リセットタイム」ね!

2010/01/29 12:15 | 未分類COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

『正義』の奥深さ 〜タモリさんのサングラス〜

みなさま、こんにちは。


先日、中2のK君と話したこと。
ちなみに、K君は非常に『マジメ』な生徒です。

私としては、ちょっと『マジメ』すぎるかな〜、
と思っていますので、授業もいつもチャチャを入れながら
やっている感じです。笑


「センセ、
オレ前から思っていたんだけど、
タモリって何でサングラスをかけたまま
テレビに出てるの?

オレはテレビに出る人が人前に出るのに
サングラスを取らないなんて、
失礼だと思うんだけど。」


「そっか、失礼な〜。
あのさ、K君、タモリさんがテレビに出始めたとき、
右目だけ、あの海賊みたいな眼帯をして出てたの
知ってる?」


「えぇっつ?!
そんなの見たことないです。」


「まぁ、まだ生まれてないからな。笑

タモリさんがテレビに出たての頃は、
黒い眼帯をしてたんだよ。

何でか分かる?」


「分かりません。

お笑いのファッションっていうか、
それで笑わそうとしてたからですか?」


「まぁ、その意味もあったかもしれないけど、
でもね、
タモリさんは、どうやら右目を失明されているらしいんだよ。」


「ええぇぇぇええっつつ!!」


「まぁ、諸説あるし、タモリさんご本人もあまり詳しく語られないから、
よく分からないところもあるんだけど、

小学校の頃に、電線のワイヤーが巻いてあるところを
興味本位でのぞいてみようとしたら、そこに針金が出ていて
それが右目に突き刺さった、という話もあるし、

学生時代に宴会芸で楽しんでいたら、
誤って割り箸を右目に突き刺してしまった、
という話もあるよ。

或いは、どちらも本当なのかもしれないね。

タモリさんの右目は義眼だそうだよ。


だから、右を見ようと思っても、
自然に左目は動くけど、
右目は正面を向いたままだ。

本当かどうかは分からないけど、
それが『気持ち悪い』って、
昔テレビにクレームが来たことがあるそうだよ。


センセは、あのサングラスは、
タモリさんなりの、お客さんに対する優しさだと思うな。

相手に気遣いをさせないということ。



特に『お笑い』の土俵で頑張っていからさ、
『かわいそう』とか、『お情け』で笑われたくないっていう
タモリさんなりのお笑いに対するプライドもあると
センセは思うな。


だから、タモリさん自身もあんまり片目が見えないってことを
言いたくないし、言われたくないんだと思うよ。


K君は、どう思う?」



「・・・・知りませんでした。

タモリさんがそんなだったなんて・・・。

なんか、オレって・・・なんて言うか、

優しくないですね・・・。」



「いいや、そんなことはないよ。

むしろ逆だよ。
K君は、今また、少し優しくなれたんだよ。

『優しさ』を感じるためには、
『優しくないこと』を経験しないと
分からないからね。


でも、

センセがK君に覚えていて欲しいのは、

『真実の奥には、自分の知らない真実がまだある』
ということだよ。

特に、自分が『正しい』とか、『正義』を感じたとき、
そしてそれを主張したいとき、
自分がどの立場で話したいのか、
気をつけて見渡してごらん。」


「はい。」


「自分が知っていることのその奥には、
まだまだ自分の知らないことが沢山あるんじゃないかって、
そういう思いを忘れずにいてごらん。

それが謙遜ということだよ。」


「はい。」



「それとね、もうひとつ、ついでに言っておくと、
もし、タモリさんが右目を失明されたことで、
人生が上手くいかなくて、
全部、そのせいにすることだってできるよね?」


「まぁ、できますよね。」


「でもね、タモリさんを見てて、
悲壮感って感じる?」


「いえ、なんか飄々としていて、楽しそうです。」笑


「うん、センセもそう思う。笑

つまりね、何かのせいにしようと思えば、
どんなことだってできるってことだよ。

右目が見えないから、
歩けないから、
疲れたから、
親がお金持ちじゃないから、
自分には才能がないから、
時間がないから、
今日は、運の悪い日だから、

・・・

・・



でもね、それをどう受け止めるかで、
自分の人生に対する態度が180度変わってくるでしょ?


全て、自分の責任ということで行動すれば、
次にどうするか、ということが自然に見えてくるんじゃないかな?


被害者の位置で留まっていたいなら、
いくらでもその場所にいることができるよ。

でも、そんなことしても楽しくないじゃない?笑

ね。

事実は事実。
でも、それに対する自分の心の持ち方は、
自分次第で変えることができるんだよ。

つまり、幸せは自分の心次第ということ。

わかる?」



「う〜ん、まさかこんな話になるとは・・・。笑

よく分かりました。

なんか、タモリさんに感謝ですね。
すげぇな、あの人は!!

絵も上手いし、
料理も上手いし、
いろんなこと知ってるし、
トランペットは吹けるし、
それで面白いし!!

センセも、タモリさんみたいに、サングラスかけて塾やったら、
もう少しこの塾も流行るかもしれませんよ!」笑


「ははは、考えておくよ。笑
でも、サングラスしてたら、自分の書いた文字が見えにくいから、
いちいち書いちゃあ、サングラスとって確認して・・・、
なんてやってたら、何してるのかわかんないよね!」笑


「ははは。」笑

2010/01/28 11:48 | 未分類COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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